初幕────朔
2 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:06:56.31 ID:Jb2oj2pJ0


江戸より遠く離れた奥羽の地。
そこで一人の赤子が生まれた。

神の血筋として生まれたはずのその子は、悪魔と罵られることとなる。
生まれると同時に、傍にいた多くの人間の命を奪ったのだから。
小さな産声は誰の耳にも届かない。

赤く、ただひたすらに赤く、世界を染め上げる。

その時を知る村人はいない。
ただただ、事実だけが歴史書に記されることとなる。



――――火の中より赤子生まれ出でたる、と。




ξ゚听)ξ 不可思議姫幻想記のようです

       フカシギヒメ  ゲンソウキ


        【月ノ封印】


初幕────朔

3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:09:13.27 ID:Jb2oj2pJ0


ξ゚听)ξ「退屈ねぇ」

広大な部屋に一人寝転がる幼い少女。
齢は十と少しぐらいだろうか。
着物の隙間から見える肌は白く、顔立ちは整っている。
町を歩けば、誰もが彼女に目を奪われるだろう。


生まれながらに彼女が持つ、雪ような真っ白い髪に。

ξ゚听)ξ「空姉様の書物でも読みなおそうか……」

実際には彼女が町人に見られることはない。
それは彼女が暇を持て余しているのと同じ理由である。

すなわち、白昼外出禁止。

彼女の父親は、そのあまりに特異な容姿が人目につくことを禁じた。
それだけにとどまらず、彼女の住処は奥羽のそのまた奥地。
小さな村から遠く離れた場所におかれた。


ξ゚听)ξ「内藤!」

( ^ω^)「はいお、なんでしょうかお?」



4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:11:20.23 ID:Jb2oj2pJ0

呼ばれて部屋に入ってくるのは、少し太めの男。
内藤は少女の世話役を任されている。

ξ゚听)ξ「まだ読んでない書をここに持ってきてちょうだい」

( ^ω^)「少々お待ちくださいお」

彼が向かうのは家から出れない少女のために、その姉が用意した膨大な量の書物を保管する部屋。
既読、未読だけではなく、少女のお気に入りやそうでないものと種類ごとに丁寧に整頓されてある。

( ^ω^)「お待たせしましたお」

ξ゚听)ξ「それから、空姉にこの前の続きを送ってもらうように頼んでおいて」

( ^ω^)「かしこまりましたお。それでは失礼しますお」

本を手に取り、寝そべって読む。
内藤がいくらはしたないと注意しても、その癖はなおっていなかった。

ξ゚ー゚)ξ「相変わらず、この物語は面白いわ。
      この中の世界に行けたらいいのに…」

ぱたぱた、と両の足を交互に動かす。
御伽の世界を歩くように。

ξ゚听)ξ「そうだっ! 内藤!内藤!」



5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:13:24.18 ID:Jb2oj2pJ0

便りを送る準備をしていた内藤は、その名が呼ばれるのを聞いてすぐに引き返す。
彼女のもとへ向かうのが遅くなればなるほど、その機嫌を損なわせてしまうためだ。

( ^ω^)「お呼びしましたでしょうかお」

この青年、我儘な姫様の世話をし続けて三年になる。
そうともなれば、何度も何度も呼びだされることにも慣れていた。

ξ゚听)ξ「内藤、今夜は旅行に向かいます」

( ^ω^)「旅行……ですかお。
      しかし、姫様に何かありましては困りますお」

ξ゚听)ξ「夜であれば、出掛けるのは構わないはずよ」

( ^ω^)「確かにその通りですお。ですが、どこに向かわれるのですかお?
      日が昇るまでには戻らないとなりませんお」

ξ゚听)ξ「近くに面白いところはないかしら?」

( ^ω^)「そうですおね……。変わった樹が、近くの山の麓にありますお。
      なんでも、二人の人が両の掌を合わせているように見えるそうです」

ξ゚ー゚)ξ「面白そうね。では、そこに連れて行きなさい」

( ^ω^)「わかりましたお。それでは今日の夜、向かいましょうお。
      それでは失礼しますお」


7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:15:29.15 ID:Jb2oj2pJ0

部屋を退出し、便りを書きはじめる。

( ´ω`)(空姫様には申し訳ないお……)

筆をとり、慣れた手つきで文章を書いていく。


空姫様

突然の便り、大変申し訳ございません。
姫様が次の書をお望みになられましたお。
どうか、可能な限り早く送っていただきたいですお。
お手数をおかけします。

雪姫様の使いの者より


手紙に失礼がないか確認してから、折りたたむ。
今回はどの位で届くだろうか、などと考え思わず身震いする。
以前、送られてくる途中で事故が起きたせいで、ひと月が経過してしまったことがあった。
その時の彼女の怒り様は表現するのも恐ろしいほどであった。

( ^ω^)「稚、いるかお?」

( <●><●>)「ここに」



9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:17:36.87 ID:Jb2oj2pJ0

天井から顔をのぞかせるのは、内藤の使い。
特徴的な瞳を除いて、全身を隈なく黒い布で覆っている。
この時代になっても生き延びている数少ない使者である彼は、
内藤と空姫の手紙のやり取りや、情報の伝達などを行っていた。

( ^ω^)「これを空姫様に届けるお」

( <●><●>)「直ぐに」

男は手紙を掴むと、そのまま屋根裏に消えた。

( ^ω^)「まぁ、空姫様なら何とかしてくださるだろうお」

青年は机の上を片付け、別の紙を支度する。
筆に墨をつけ直し、すらすらと流れるように描かれるのは少女。

指先に蝶々を留めてほほ笑んでいる柔らかい表情が、
黒の濃淡だけでうまく表現されている。

( ^ω^)(昔は純真無垢な少女だったのにお……)

年々我儘に、高慢になっていくのが青年の唯一といっていい悩みだった。
とはいえ、教育を施しているのは内藤なのである。
誰に文句を言う筋合いもない。

( ^ω^)(うまくかけたお)



10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:20:09.84 ID:Jb2oj2pJ0

青年の趣味の一つは絵を描くこと。
権力闘争には全く興味を持たず、
そういったしがらみから解放されることを望んだために、現在の立ち位置にいる。
任を与えられ、奥羽の地を踏んだ時、本人はむしろ自由な時間が増えたと喜んでいた。
実際には我儘姫のおかげで自分の時間をほとんどとれてはいないのだが。

( ^ω^)「さて、お昼御飯でも作るお」

絵を大切に仕舞い、硯と筆を片づける。
料理などの家事は全て内藤の仕事だ。

味噌をとかし、野草を煮、ほぐした魚の身を入れる。
次に干し肉に軽く火を通し、皿に盛って米と一緒に漬物を添える。
これを我儘なお姫様の元に運んで昼食は終わりだ。

( ^ω^)(だいぶ料理もうまくなったもんだお)

初めて料理を運んだ時、一口食べた後に器ごと投げつけられたことを思い出す。
それからニ三か月、味付けに関して文句を言われ続けた。

( ^ω^)「お昼御飯をお持ちしましたお」

ξ゚听)ξ「入って」

( ^ω^)「なっ…!」





11 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:22:10.75 ID:Jb2oj2pJ0

襖を開け、愕然とする内藤。
少女は丁度服を着替えている途中であった。
足元には多くの服が束ねられ山のようになっている。

ξ゚听)ξ「あ、そこに置いといて」

( ^ω^)「お……言ってくだされば外に置いときましたお。
      ……失礼しますお」

軽い音を立てて襖が閉じられた。
少女は着替えを終え、食事に手をつける。

ξ゚听)ξ「怒らなくっても……」

( ^ω^)(立場を理解してほしいお……)

いまだに自己主張している心臓に手を当てて、調理場に戻る。
自分用に作った食事を平らげ、片づけを終わらせた。

( ^ω^)「今日は、これで終わりっと」

ξ゚听)ξ「作業は終わった?」



12 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:24:14.94 ID:Jb2oj2pJ0

調理場にふらりと現れた姫の手に握られているのは賽。
次に何をすればいいかは、聞かずともわかる。

( ^ω^)「終わりましお。双六ですおね?」

内心、早く書物の続きが来ないかと待ちわびる内藤であった。
姫の双六の相手は普通にやるのでは勤まらない。

負けすぎても、勝ちすぎても機嫌を損ねるからだ。
賽の目を操れというのか、と毎回思わされる。

ξ゚听)ξ「では、今日は私の番から」

( ^ω^)「はいお」

白く細い腕から賽が零れる。
ただ、それだけの動作のはずなのだが、酷く儚い。

交互に賽を振り駒を進める。
しばらくして、少女の動かす駒が先に盤の終わりにたどり着く。


ξ゚听)ξ「では、今日は私の番から」

( ^ω^)「はいお」


13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:26:43.95 ID:Jb2oj2pJ0

ξ゚ー゚)ξ「……勝った!」

( ^ω^)「参りましたお」

どうやら最も望ましい結果に終わったようだ。
姫君は満面の笑みを浮かべている。
それを見て、まぁいいか、そう思ってしまう内藤であった。


( ^ω^)「ふぅ……」


すべき仕事を終わらせ、自室に戻り机に向かう。
机の上に地図を広げ、今夜の小旅行の旅路を考える。

( ^ω^)(夜中とは言え、村人に見つからないようにしないとならんお)

複数の道筋を検討し、最も有効な道を絞り込んでいく。
彼らが住む屋敷は町からは離れたところにある。
それ故に普段から外に人が見えることは少ない。
しかし、少女の姿は絶対に見られてはならない、と内藤は命ぜられていた。

( ^ω^)(この道がいいお……)

別の紙に、道の目印となるものを書き写す。




15 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:28:46.70 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「さて、馬に餌でも与えに行くかお」

有事の際に困るため、屋敷では一頭の馬を飼っていた。
この馬の世話も全て内藤が一人で行っている。

( ^ω^)「よしよし。お前には普段あんまり走らせてやれなくてすまないお。
      でも今日はきっと走れるから楽しみに待っててくれお」

身分の違う二人で暮らしている内藤は、いつしかこの馬が話し相手となっていた。
そのほとんどは愚痴であったが。
馬の臭いを嫌って、厩舎から最も離れたところに姫の部屋あるため、未だにばれていない。

( ^ω^)「しっかり食っといてくれお」

厩舎を後にし、自らの部屋に戻る。
ぼうっと窓の外を眺めていると、日がゆっくりと沈んでいく。

気づかない間に寝てしまった内藤は、夜の帳が下りると同時に、蹴り起こされることとなった。

ξ゚听)ξ「いい? 私が呼んだらすぐ来ること」

( ´ω`)「大変申し訳ありませんお」

既に何回目かわからない謝罪を口にする。
最初は烈火の如く怒っていた少女だが、夜中に出歩くことでその熱を奪われていった。

今では空を見上げながら、思い出したかのように口に出すだけであった。


18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:30:53.68 ID:Jb2oj2pJ0

ξ゚听)ξ「きれい……」

( ^ω^)「姫様、もうすぐ着きますお」

手綱を引き、馬の歩みを止める。
内藤は明かりをつけ、木に向けてかざす。
一本の木のはずであるそれは、根元から二つに枝分かれし、
噂どおりの大樹となっていた。

ξ゚听)ξ「すごい……本当に手を合わせているように見える」

( ^ω^)「これはこのあたりでは有名な大樹ですお。
      村人たちは再会の大樹と呼んでいます。
      二人の男女でこの大樹に祈ると、何かがあって別れてしまっても、
      必ずいつかこの木の下で会える、そういう伝説がありますお」

ξ゚ー゚)ξ「そうなの? じゃあ、内藤と祈ってみようかな。せっかくだからやってみないとつまらないし」

( ^ω^)「姫様、私のような身」

ξ゚听)ξ「ただの噂話でしょ。いいからさっさと来なさい」

言葉を遮って差し出された手を恭しく握る内藤。
その行為にため息をつきつつも、少女は残された手を大樹に預け瞼を閉じる。
少しの沈黙があり、手の温もりが消えた。

ξ゚听)ξ「もう帰るわよ。眠くなってきたし」


19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:33:01.36 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「わかりましたお」

来た道をそのまま辿って屋敷へ戻った。
ついた時には少女は寝息を立てており、起こさないように寝室まで運んだ後、自らも眠りに落ちた。



━━━━━━━━── →← ──━━━━━━━━


( ^ω^)「何の騒ぎだお……」

朝起きた内藤の耳に飛び込んだのは、町の方から聞こえる喧騒。
そして、怒気と怯えを孕んだ少女の声。

ξ゚听)ξ「内藤! 起きなさい内藤!」

( ^ω^)「申し訳ありません姫様」

ξ゚听)ξ「やっと起きたのね。内藤、外の様子を見てきなさい」

( ^ω^)「はい、お任せください」

安心させるように、できるだけ優しく話しかける青年。
家を出て、町の方へ向かう。


20 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:36:26.50 ID:Jb2oj2pJ0

少し歩いて、原因はすぐに分かった。
町の一角から火の手が上がっており、
日の光を遮るように、黒い煙が激しくうねり立ち上っている。
幸いにして、この町は家と家の間が広く、隣の家に燃えうつることはなさそうだった。

( ^ω^)「……可哀そうにお」

少女の暮らす家に実害がないだろうことを確認すると、
背を向けその場を後にした。

すぐに、少女の部屋の前まで行き、起きていたことを話す。

( ^ω^)「ということですお。こちらに被害はなさそうなので放っておきましたお」

ξ゚听)ξ「……そう、ありがとう」

震えている少女をその手で包み込むことは許されていない。
扉越しに、ただ見守ることしかできない。

( ^ω^)「失礼しますお」

扉の前を去り、部屋に戻る。
朝飯を作るにはまだ早い時間だからだ。

( <●><●>)「緊急です」


23 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:38:39.15 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「どうしたんだお?」

天井から声が聞こえた。気のせいか、少し早口で。

( <●><●>)「先程届きました、空姫様の便りにてございます」

( ^ω^)「これは……」

高貴な身分の者だけが使うことを許される、特別な手紙。
どんな連絡手段よりも早く、確実で、緊急時にしか使われないはずの物。

書いてあることを確認し、内藤の顔色は一瞬にして変わる。
手紙には一言だけしか書かれていなかった。



  今すぐ逃げろ

       空姫



(; ^ω^)「稚、ここを任せるお!」

内藤に普段の温厚な様子はすでにない。
手紙を掴んだまま、部屋を勢いよく飛び出した。


25 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:41:00.48 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「姫様!」

ξ゚听)ξ「ん? どうしたの?」

( ^ω^)「中、よろしいですかお?」

内藤から部屋の中に、といったのはこれが初めてになる。
今まではある程度の距離を保ち、つかず離れずを常に意識していたからだ。

ξ゚听)ξ「別にいいけれど」

( ^ω^)「失礼しますお。今、空姫様からの手紙が参りましたお」

許可をもらうとすぐに障子戸を開け、
その手紙を少女に差し出した。

ξ゚听)ξ「これ……は?」

少女の疑問は当然だろう。
手紙には立った一言しか書かれていない。
詳しい説明を求めるように内藤を見た。

(; ^ω^)「私にもわかりません。が、空姫様が嘘をお吐きになるとは思えません。
      ここを逃げましょう。お連れいたします」

ξ゚听)ξ「でも……」

少女は自分の周りにある物に目を移らせる。
歴史に残るであろう、数々の名品。

27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:43:11.17 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「姫様!」

語気荒く、判断を促す。
緊急の手紙、ということは時間がないはずなのだ。
何が起きるのかは想像もつかないが、それが良くないことであるのは間違いない。

ξ゚听)ξ「……わかった。連れて行きなさい、内藤」

決心したように、強い眼差しを青年に向ける。

( ^ω^)「かしこまりました。昼間は目立ちますので、これを」

内藤は仕舞ってあった大きな布を取り出し、少女に差し出した。
それを頭から被ることで、少女が少女である証を隠す。

ξ゚听)ξ「どこに行くの?」

( ^ω^)「奥羽の西の方、山を越えてその先に隠れ家を用意しております」

ξ゚听)ξ「わかった」

では、と内藤が先導して家を出る。
すぐ後ろを少女が続く。



28 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:45:19.05 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「失礼しますお」

少女の手を取り、厩舎にいる馬に乗せる。
自身も馬に飛び乗り手綱を掴んだ。

ξ゚听)ξ「どのくらいでつくの?」

( ^ω^)「私も頭に場所を叩きこんでいるだけで、正確な時間などはわかりません。
      ですが、さほど長い旅にはならないはずです」

食料も僅かではあるが用意してある。

( ^ω^)「稚……助かったお」

青年が馬の腹をけり、二人は家を後にした。
その様子を家の中から見守る男が一人。

( <●><●>)「無事逃げ切ってください……」


町はずれに立つ少し大きな家からは、
他所の火事の黒い煙とは対照的な、白い煙が空に伸びる。
いつも定刻にあがる煙は、今日だけ異なる意味を持つ。

二人が出発してから、数刻もたたず、
誰も訪れる者のなかったその家に、最初で最後の客が来た。

/ (% )/「失礼しますよ」


29 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:47:32.71 ID:Jb2oj2pJ0

家を訪ねてきたのは数人。
格好は町人のそれとはかけ離れている。
全員が全身を覆う黒い布と、特徴的な面つけていた。
黒装束は返事がないとわかると、扉を蹴破り中に入る。

/ (% )/「もぬけの殻ですか……どこから情報が漏れたのでしょうかねぇ」

他と異なる奇妙な面をつけた人間は、どこか余裕を漂わせ呟く。

([◎])「っ!!」

甲高い金属音が鳴る。
突如現れた、同じく黒い布に身を包んだ男の攻撃を、
仮面を守るように後ろから飛び出した細身の男が防いだ。

/ (% )/「早いですね……」

呑気にその攻撃の感想を口に出す。
余裕の表れは人数差からだろうか。

([◎])「ここは俺が……」

/ (% )/「それなら、毒男に任せよう。ここはもぬけの殻だ! まだ遠くには逃げていまい!
      辺りをしらみつぶしに探せ!」

そう叫ぶと、ドクオと呼ばれた男を残し、他の黒装束は部屋を後にした。



30 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:49:36.21 ID:Jb2oj2pJ0

( <●><●>)「なかなかの腕……」

([◎])「ふん、悪いな。お前に恨みはないが……眠ってもらうぞ!」

競り合う刀をドクオが引く。
もう一人の男もそれに応え、互いに距離を置き様子を見る。

先に動いたのは家の中にいた稚。
刀を納め、懐から複数の短刀を取り出す。
繰り出した動作は投擲。

([◎])「っらぁ!」

声と共に、鎖で繋がれた短刀を力を込めて弾く。
同時に襲いかかる刃は全てはじかれ、あらぬ方向へ突きささる。

([◎])「面白い武器だ……。お前はまさか……」

( <●><●>)「随分と余裕をお持ちのようですが、これで終わりです」

男は手元の鎖を操作し、その先の凶器を操る。
一度は壁に刺さった短刀は、鎖に引き寄せられ、背後から痩身の男を狙う。

([◎])「残念だったな」

が、すでにそこには毒男はおらず、その拳が腹部にめり込んでいた。



32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:52:31.41 ID:Jb2oj2pJ0

( <●><●>)「があっ!!」

意識を失い、稚はそのまま崩れ落ちる。
それを確認すると、火のついた薪を竈から取り出し、そこら中にばらまいた。
火は簡単に燃え移り、貴重な品々を喰らい大きく育つ。


([◎])「さて、戻るか」

毒男と呼ばれた男は真っ赤に燃える家を後にした。


━━━━━━━━── →← ──━━━━━━━━



( ^ω^)「姫様、大丈夫ですか?」

平坦な道を走ってはいても、慣れない者が馬に乗れば疲れるのが道理。
家を逃げ出してから既に数刻が過ぎていた。


ξ゚听)ξ「ええ」

先程から何度も同じことを尋ねているが、返ってくるのは決まってこの言葉であった。
内藤は馬の速度を緩め、歩かせる。



33 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:55:00.33 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「この辺りで休みましょうお」

ξ゚听)ξ「私は大丈夫だって」

姫が強情なのは十分承知している内藤。
数年も一緒に暮していれば、相手がどんな状態かだいたいわかるものだ。

( ^ω^)「いえ、申し訳ございません。私が疲れてしまいましたので」

そう言い、半ば無理やり休憩をとった。
少女は木陰まで歩いて行き、座って空を見上げている。

日は高く上っているが、まだ肌寒い季節。
いつの間にか舟を漕いでいる少女に上から毛布を被せると、
内藤は馬にわずかな食事を与える。
移動中に食事を摂った少女と違い、馬は走りながら食べることができない。

( ^ω^)(向こうはどうなってるんだお? 人は住めるのかお?)

何もしていない時間は頭を働かす。
日常が失われた原因を考える。

しかし、それは始めて間もなく邪魔が入る。
青年の目視できるギリギリのところで、砂煙が上がっていた。



34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:57:04.47 ID:Jb2oj2pJ0

それは決して自然にできたものではなく……

( ^ω^)「姫様! 申し訳ございません」

少女の肩を強く揺すり、夢の中から連れ出す。

ξ゚听)ξ「ん……どうしたの?」

( ^ω^)「敵のような姿が見えました。場所を移します」

ξ゚听)ξ「わかった」

馬に乗り、全速力で駆ける。
内藤達の動きに気付いたのだろうか、移動速度が確実に上がっていた。

少女とはいえ二人を乗せているのため、明らかに速度が下回っている。
長距離戦になればいつか追いつかれてしまう。
そう考えた内藤は、咄嗟に右手に見える森の中へ駆ける。

( ^ω^)「山の麓の森の中に行きますお」

ξ゚听)ξ「大丈夫なの?」

心配そうに後ろの青年を見上げる。



35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 19:59:25.41 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「任せてくださいお」

夜中を山で過ごすことは避けたかったが、こうなってしまえば森で追手を巻くしかない。
そう冷静に頭の中で計算し、逃げる算段を付ける。

( ^ω^)「頑張ってくれお」

手綱を引きながら、優しく馬に声をかける。

ξ゚听)ξ「だいぶ近づいてきてる!」

少女の言葉で後ろを振り向くと、数人の黒装束がはっきりと見えた。

(; ^ω^)「間に合えおっ……」

目の前には広大な森林が広がっている。
どれだけ早く中に入るか、それが捕まらないために重要なのだ。

ξ゚听)ξ「がんばって」

しっかりと馬にしがみつきながら、小さな声を絞り出す。
それに応えるかのように、馬は速度を上げ、一気に森に突入した。
内藤の操る馬は木々の間を縫うように駆ける。

黒装束達も森の中に入ってきているようだが、生い茂る木々に苦戦しているのだろうか、差が開いていく。



36 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:01:44.37 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「よくやってくれたお」

姿が見えなくなってから、少しの間走り続ける。

ξ゚听)ξ「もう大丈夫?」

( ^ω^)「おそらく、ですが」

辺りを警戒しながら、馬から降りた。

ξ゚听)ξ「そう、それなら少し休むね」

( ^ω^)「どうぞごゆっくりお休みください。私が見張っていますから」

家の高価な寝床で寝ていた少女が、こんなところでも寝れるのだから、
相当に疲れていたのだろう。

森の中は自然の音に満ちている。
鳥の囀り。
木の葉の音

それらは疲れを癒し、気持ちをほぐしてくれる。

( ^ω^)(あいつらは何者だお……?)



37 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:03:55.87 ID:Jb2oj2pJ0

突如現れた黒装束。
その目的が全くわからない。

( ^ω^)「必ず、守りますお」

少女を見つめながら、決心を固める。

( ^ω^)(空姫様はどうして気づけたんだお……?)

ξ゚听)ξ「んん…空ねぇ……」

そんな内藤の思いも知らず、少女は夢の中。
仲の良い姉といっしょに遊んでいるのかもしれない。

( ^ω^)「二三日後には……山向こうの家につける筈だお
      道中で食料を手に入れないと…」

逃げだすにあたって所持してきたのは細かな金貨とわずかな食糧。
隠れ家に着くまでに無くなってしまうことは誰の目にも明らかであった。

( ^ω^)「!!」

遠くに聞こえる足音と声に気付いた。
それは刻一刻と近づいてくる。

(; ^ω^)「まずいお……」


38 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:06:32.98 ID:Jb2oj2pJ0

何やら言い合っているような複数の声が聞こえる。
内容を聞かずとも、黒装束であることは間違いない。
声の種類から、敵は三人だと確信する。

「一体どのにいるのか、このようなところでは見つけることも出来ん」

「黙って探せ」

「なぜあのような少女を狙う?」

「もう少し掟を読めばどうだ……。あの力は我々だけがもてばよいのだ」

力…?

( ^ω^)(何を言ってるんだお……)

内藤の頭の中を疑問が埋めていく。
入れ替わり立ち替わり現れる予想と仮定。

ξ゚听)ξ「ねぇ…逃げないの?」

姫が起きていたことに驚きながら、小声で答える。

( ^ω^)「近すぎるんですお。馬の走る音ですぐにばれてしまいますお」

ξ゚听)ξ「そう……」

「ここだ! 馬の足跡がある」


40 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:08:42.44 ID:Jb2oj2pJ0

「向きは!」

「向こうだ……」

茂みの奥で男がこちらを指差している。
それを理解し、咄嗟に少女を抱きあげる。

( ^ω^)「まずいお! 失礼します」

ξ;゚听)ξ「きゃっ」

もはや見つかるのも時間の問題であった。
内藤は、思い切って行動に移す。
少女を抱き、馬に乗せ手綱を引く。

突然のことに驚いて少女が声を出してしまう。

「声が聞こえたぞ!」

「こっちだ! 追え!」

(#^ω^)「走れお! 走れ!」

敵の姿は見えないが、真後ろに迫っているのがわかる。
少しでも気を緩めてしまうと、すぐに追いつかれてしまうだろうことは容易に想像できた。



43 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:11:04.45 ID:Jb2oj2pJ0

「まわれ! まわれ!」

後ろから聞こえる音が小さくなった。
先回りする部隊を作って挟み打ちをする気に違いない。
手綱を握る手に冷や汗が流れ続ける。

( ^ω^)「!!」

森の木が途切れたところで、黒装束と目が合った。
横道にそれようと急停止したことで、後ろの集団に追いつかれてしまう。

「残念だったな」

「その姫を渡してもらおうか」

黒装束が一歩歩くごとに、二人を囲う輪は少しずつ狭まる。
内藤は馬を降り、その刀を抜く。

( ^ω^)「くっ……」

「それは飾りではなかったか。だが、殺して骸を持って帰ってもかまわんのだ」

ξ゚听)ξ「あなたたち、私に一体何の用?」



45 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:14:48.68 ID:Jb2oj2pJ0

少女の声は震えているのがはっきりとわかる。
武装し、今まで見たこともない奇妙な装束を身に付けた、誰ともわからない人間達に囲まれているのだ。
それも当然のことだった。

「お前は知らなくていいことだ」

( ^ω^)「させないお!」

「死にたいようだな……」

ξ゚听)ξ「内藤!」

( ^ω^)「雪姫様、落ち着いてくださいお。大丈夫ですお」

一度だけ振り向き、その愛想良い笑顔を向ける。
そして厳しい顔で数人の敵を睨む。

「覚悟はあるようだな」

( ^ω^)「覚悟するのはお前たちだお!」

馬から飛び降りた少女が必死に内藤の後ろに隠れる。
今にも泣きそうな顔で青年の服をつかむ。


47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:17:08.56 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「姫様。ご安心ください。必ず」


「…ひめ………あら…たな」

決死の特攻をするために、大地を強く踏み締めた瞬間、
骨に響くような振動と共に、何かが響き渡った。
そして地響きとともに大地が揺れ……

「地震かっ!」

「うわっ!」

口を開けた。

ξ;゚听)ξ「きゃああああああ」

(; ゚ω゚)「おおおおおおおおっ」

その真上にいた二人は、なすすべもなく落下する。


「どうする」

「底が見えんな……。確認してこい。生きていて逃げられると面倒なことになる」

地面に開いた底の見えない穴を覗き込む男達。
穴の周りに黒装束達は取り残される。
膝をつき中を覗いている者もいるが、僅かにも見えはしない。

48 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:19:31.16 ID:Jb2oj2pJ0

「冗談を……」

「行け! これは報告をする必要がありそうだ」

「……。行くぞ、命令だ」

数人が無言で飛び降り、最後まで抵抗していた一人は、引きずり落とされた。

一人残った黒装束は馬にまたがり、走り去って行く。
木々が生い茂る森の中、その異質な穴は存在していた。



( ^ω^)「っ……姫様! 姫様!」

ξ゚听)ξ「内藤、ここよ」

どこから落ちてきたのかを確認するために見上げると光は遥か頭上、
小さな米粒のようになっている。
何とか目の前が見える程度の明りが、そこから漏れてきていた。

( ^ω^)「私たちはあそこから落ちてきたのですおね……」



50 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:22:42.86 ID:Jb2oj2pJ0

ξ゚听)ξ「ここの土、かなり水を吸ってて柔らかいから」

( ^ω^)「落下の途中、木の枝みたいなものによって勢いを殺されたおかげでもありそうですお。
      姫様、お怪我はありませんか!?」

ξ゚听)ξ「私は大丈夫。内藤は?」

心配しているつもりが、逆に心配そうに覗きこまれていることに気づく内藤。
体を起してみると、傍に座っている少女よりも目線が高くなる。

( ^ω^)「大丈夫だと思いますお」

よくよく見ればきれいな着物は泥で覆われていて、
美しい白い髪さえも半分以上が黒く染まってしまっていた。

それから、自分も泥まみれだと気がつく。

( ^ω^)「周りが全く見えませんおね」

ξ゚听)ξ「うん……」

泥の水分を吸った服が体を冷やしているのだろう。
少女は小さく震えていた。

( ^ω^)「大丈夫ですお」

自らの着物を少女に被せ、立ち上がる。
足元は柔らかく、体重をかけると沈んでいくので、酷く歩きにくい。


52 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:26:04.12 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「少し周りを見てきますお」

ξ゚听)ξ「待って……ちょっと離れたらお互いどこにいるかわからなっちゃう」

( ^ω^)「そうですが……」


「ああああああああああ」


叫び声と物体がぶつかる音が数度。


「どこにいる! 出てこい……」

それが黒装束だと理解するまで時間はかからない。
泥を跳ね上げながら歩く音と風を切る音が空間に響く。
相当に歩きにくい地面であり、悪態をつきながら剣を振りまわしているのだろう。

内藤と少女は見つからないよう静かに、息を殺すことしかできなかった。
肌に感じる滑った泥の不快感に苛まれながら、じっと動かない。

複数の足音だけが断続的に繰り返される。
暗闇の中で動いているのは足音の主達だけのはずであった。

ξ゚听)ξ「なにか……いる」

( ^ω^)「どうされたのですかお?」


54 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:28:41.07 ID:Jb2oj2pJ0

少女が何かの存在に怯え出すが、周りを見回しても何の変化もない。
そもそも、暗くてほとんど何も見えない状況で、どうやってその存在に気づくのか。
しかし次の瞬間、内藤はその存在を理解した。


「……の魂よ……我は………ぬ」


闇の中から重みを持った声が響く。
全ての悪意を飲み込んだかのようなそれは、
体の骨の髄まで蝕んでいるのではないか、とさえ思わされる。
身の毛がよだつとは、まさにこのことを言うのだろう。

ξ;゚听)ξ(何……?)


「……ぬ。……ぬ」

その声を発している"何か"は暗闇の中、確実にこちらを見ている、脳が逃げろと叫ぶ。
だが、それに反して体は重く動かない。


地鳴りと共に、沼地が渦を描いて動き出す。



56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:32:52.10 ID:Jb2oj2pJ0

ξ゚听)ξ「!?」

( ^ω^)「っお!?」

二人の体は中心へと引きこまれていく。
捕まる物など近くには何もなく、為す術もなく中心へ流されていく。

「うあ、何だ何だ?!!」
「ひぃぃぃ!」


そして、それはその場にいた黒装束をも巻き込む。
より中心に近かった彼らは次々と泥に飲み込まれ、二度と出てくることはなかった。




「地底のさらに底に眠れ。侵入者達よ。
 地底のさらに底にに眠れ、……めよ」

内藤達も既に体の半分以上が泥沼に飲み込まれている。

(  ゚ω゚)「うあああああああ!」


57 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:35:20.55 ID:Jb2oj2pJ0

「……ぬ」「あー」「助け…」「……」「ああああ」「……さぬ」

何十何百もの口が様々なうめき声を上げる。
新たな犠牲者を祝福するかのように。

ξ゚听)ξ「嫌……いや…」

胸まで飲み込まれるてしまう。
口と鼻がふさがり呼吸ができなくなるまで、もはや後僅か。


ξ;凵G)ξ「やめてええええええええええええええええええええええええ」

( ^ω^)「!?」

少女の叫びに呼応して現れたのは光。
それはただの光ではなく、一瞬にして地下の暗闇を真っ赤に染めあげる。

輝く炎とでも表現すればいいのか。

火の粉までもが消え去る直前まで光を放っている。
それが、まるで形を持っているかのように少女を包み、泥に埋まった体を持ち上げた。

そして蛇のように伸びてきた炎は内藤を包み込もうとする。



60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:37:30.38 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「おおおおお!??」

身の危険を察知して避けようとするが、半分以上泥沼に埋まっていては身動きが取れようはずもない。
そして内藤にたどり着いた燃え盛る炎は、少女と同じように中空に引っ張り上げる。

( ^ω^)「熱くないお……?」

ξ;゚听)ξ「何……これ……」

二人は想像の範疇から外れた光景に戸惑う。
そして、目をあげるとそこには、迸る明るい炎が照らし出された大樹があった。
異様なのは、その大きさだけではなく、その幹に何百何千もの醜い顔の文様が浮かんでいること。
絵巻にある地獄に来たのかと、少女は恐れた。
何千何万の人の怨念のようだと、内藤は震えた。

それは、地下の空間を支えているかのように、立ち聳えている。

「た、助かった……」

「はぁ、はぁ……」

輝く炎が出現したせいなのか、泥の渦は止まっていた。
地面に埋まってはいるが、存命を喜んでいるわずかに残った黒装束達を、
急激に成長していく大樹の枝が包み込む。


62 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:40:42.63 ID:Jb2oj2pJ0


「力をよこせ……」

「あああああああああああああああああああああああ」

この世のものとは思えない絶叫が響く。
枝に包まれた黒装束達は、数秒で物言わぬ屍となった。
木乃伊と化した屍は打ち捨てらる。

「・・・・・・め。おおおお……」

眼球のような光が二つ、こちらを捉えた。
成長し続ける枝は少女と内藤にも迫る。

ξ;凵G)ξ「いやあああああああああああああああ」

悲鳴と同時に炎がその質量を増し、全ての枝を飲み込んだ。
それだけにとどまらず、勢いを上げ炎は大樹を嬲るように包み込んでいく。
光が収まった時には、辺り一面に焼け野原であった。



「貴様!やはり……やはり……!!!」

木が焦げる臭いが広がり、悲痛な叫び声は先細りして消えていく。

「……ひめか」


64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:44:09.36 ID:Jb2oj2pJ0

数分で炎は収まり、真っ黒に炭化した燃えかすと、
腕の長さぐらいの光輝く美しい枝だけがその場に残った。

水分がとび、泥は固まり地面がおちつく。大樹が燃え尽きたせいで
天井は崩れ始め、静かな月の光が差し込んでいた。

( ^ω^)「姫様!」

身に纏った炎がゆっくりと沈静化し、落下する少女の体を内藤が受け止めた。
意識はあるようで、一安心する内藤。

ξ--)ξ「ない…とう…?」

( ^ω^)「姫様……」

ξ゚听)ξ「火が消えない内に……早く、ここから出よ」

大樹があった場所の後ろには大きな穴があいていた。
新鮮な風の流れを感じることができ、外につながっていると予測できる。
手近にある木の棒に火をうつし、高く掲げる。

( ^ω^)「分かりましたお」

少女の体を背におぶさり、歩きだす。

ξ゚听)ξ「ちょっと待って。あの枝、とってくれない?」

68 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:46:20.94 ID:Jb2oj2pJ0

地面に刺さっている七色の輝きを放つ枝。
内藤は丁寧にそれを引きぬき、少女に渡す。

ξ゚ー゚)ξ「ありがと」

( ^ω^)「お。では、外に向かいましょう」

空洞の中の道は荒れていて、多少の上り坂になっていた。
風を受けながら、先に見える光を目指し暗い横穴を行く。

ξ゚听)ξ「私、どうなったの?」

少女の問いは、先程の現象のことだろう。
それに対する明確な答えを内藤が持っているわけがない。

( ^ω^)「わかりませんお……でも、姫様のおかげで助かりましたお」

ξ゚听)ξ「そう…そうよね」

寂しそうな様子は相変わらずだったが、口の端は少しだけ上がっていた。
疲労いっぱいであった二人はそのことを話すのをやめ、無言になる。
先の光は段々と大きくなり、ついに全身で浴びるに至った。



70 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:48:57.02 ID:Jb2oj2pJ0

ξ゚听)ξ「出れた…」

( ^ω^)「よかったですお」

二人が立っているのは、穴に落ちた場所とは反対側の山の中腹。
空を見上げわかるのは、月が沈みかけている時間だということ。
随分と長いこと地下を歩いていたことが分かる。

ξ゚听)ξ「どこに行くの?」

( ^ω^)「山を下りて、麓にあるはずの小屋でしばらく休みますお。
      あの化け物にあったのは不運でしたが、おかげで予定よりもずっと早く山を抜けることができましたお」

ξ゚听)ξ「そう…。それなら、もう自分で歩ける」

内藤の背から降り、自分の足で立つ少女。
ふらふらと頼りない足取りだが、ゆっくりと前に進む。

ξ゚听)ξ「さぁ、そこに行きましょう」

( ^ω^)「多分、こちら方面ですお」

内藤は星の光を頼りに、山を下りるために道を開き、その後ろを懸命に少女は歩く。

ξ゚听)ξ「どうしてわかるの?」



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:52:03.71 ID:Jb2oj2pJ0

( ^ω^)「星の位置で大体の方向が分かるんですお」

ξ゚听)ξ「ふーん」

曇ってたらどうするつもりなのか、そんなことを聞いても意味のないことだと少女はわかっていた。
今日は晴れていて、星はちゃんと瞬いているのだから。

無言で山を下りる二人。
尾根はそう長くは続かず、開けた場所に出た。
遠くには何軒もの家が見える。

( ^ω^)「もうすぐですお」

内藤が振り向いた瞬間、少女は倒れこむ。
すぐに手を出し、地面にぶつからないように支える。
驚いて脈を確認するが眠っているだけだった。
一度に多くのことが起き、身も心も疲れ切ってしまったのだろう。
優しく背負うと、できるだけ揺らさないように歩く。

( ^ω^)「ついたお……」


人里から大きく離れたところにあるぼろい小屋。
人が使っているようには見えないだろう。
実際に、この小屋は人に使われてはいない。
いざという時のために用意されていたものである。
中に入り、目を覚まさせないように少女を布団に寝かせる。



73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:54:07.05 ID:Jb2oj2pJ0

自分はもうひとつの部屋、少女の寝ている部屋よりはかなり小さな部屋だが、
に入り布団を敷いて倒れこんだ。

( -ω-)(あの火は一体……?)

疲れ切った体はそれ以上の思考を許さず、
柔らかい布団の上で内藤は静かな寝息をかきはじめた。





75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2011/11/12(土) 20:57:11.80 ID:Jb2oj2pJ0





     ξ゚听)ξ 不可思議姫幻想記のようです【月天封印】
  
           フカシギヒメ   ゲンソウキ


        

初幕────朔

           

                     了


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