5.お嬢様と水夫
- 148 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/17(金) 14:15:30.05 ID:VqFtaIxD0
- 5.お嬢様と水夫
魔弾を放ったのは、戦争がしたくてしたくてしょうがないラウンジの武器商人でした。
モララー卿が、かの民族を撲滅しようと企んでいる事はラウンジでは常識。
またお坊ちゃまがそれを阻止していることも知らないものはいませんでした。
あれからお坊ちゃまは亡くなりました。
お坊ちゃまが居なくなってからのモララー卿は目に見えて狂っていったのです。
長く艶やかな長髪は抜け落ち、埃を被ったように白くなりました。
威厳に満ちた長い髭も同様に抜け落ちました。
有無を言わせない力のあった瞳は黒く濁り、こけた頬が腐っているかのように落ち込んでいます。
- 149 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/17(金) 14:19:24.93 ID:VqFtaIxD0
- そして、毎日のように小さな城に運ばれる異教の娘や異教の子供。
彼女らは無残にもモララー卿の手で殺され、城を出ることはありません。
かの民族が奮起するのも時間の問題。
戦争が今、起きようとしています。
そしてお嬢様はそれ以来、喋らなくなってしまいました。
食事もろくに取らなくなり、ブーンの問いかけすら応じませんでした。
そんな時の話です。
- 150 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/17(金) 14:23:28.73 ID:VqFtaIxD0
- ('A`)「お嬢様、もうこの家に未来はありません」
川 - )
ベッドの上に腰掛ける乙女の肩がピクリと動きました。
(;^ω^)「・・・どういう意味ですお」
('A`)「・・・そのままの意味だよ」
- 151 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/17(金) 14:26:31.44 ID:VqFtaIxD0
- ドクオはブーンの問いに一切の表情を変えずに返しました。
それを聞いたお嬢様はシーツをぎゅっと握ります。
兄の死の矢先、父と慕っている男から現実を突きつけられたのです。
何の感情も湧かないわけがありません。
('A`)「お嬢様」
('A`)「この家を捨ててください」
川 - )
(; ゚ω゚)
- 152 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/17(金) 14:29:09.00 ID:VqFtaIxD0
- お嬢様が覚悟していた通りの言葉が発せられました。
夏の夜風が開いている窓から優しく吹き付けます。
お嬢様の茶色い髪がなびきました。空気のようにふわり、と。
(; ゚ω゚)「捨てるって・・・」
('A`)「ブーン」
ブーンの言葉に被せるように低い声が入りました。
('A`)「お嬢様を連れてこの付近から逃げてくれ」
川 - )
川 - )「ドクオは?」
- 153 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/17(金) 14:32:17.27 ID:VqFtaIxD0
- 俯いた姿勢のままでお嬢様が呟きます。
久しぶりに発せられた声は、他人の身を案じた言葉でした。
握った拳はシーツを捕らえたままです。
ドクオは直立不動のままその問いに答えます。
自分の気持ちを。ありのままの答えを。
('A`)「私はこの家を最後まで見守ろうと思います」
('A`)「お坊ちゃまが変えようとしたこの家を」
('A`)「お嬢様に守って、と言わしめたこの家を」
- 156 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/17(金) 14:35:54.55 ID:VqFtaIxD0
- 川 - )
川;゚ -゚)「なら私も・・・」
俯いていた顔が自然と上がりました。
茶色い瞳は潤んでいて、目の周りが赤く腫れていました。
自然に握った拳が緩みます。
('A`)「なりません」
ドクオらしくない厳しい声がお嬢様の心を強く打ち付けました。
時が止まったようです。
上がった顔はその姿勢のまま凍りつき、再び拳をきゅっと結びました。
- 216 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:12:00.02 ID:CAM9WLfs0
- ドクオはやはり表情を変えずに続けていきます。
('A`)「あなたは生き延びなければなりません」
('A`)「汚名を被ってでもあなたとお家を守りたかったお坊ちゃまのために」
川;゚ -゚)「でも、ドクオはどうなる? 死ぬ気なのか?」
('∀`)「まさか」
今まで表情を変えることが無かったドクオが、にかっと笑いました。
少し扱けた頬に小さなえくぼ。
('∀`)「必ずお嬢様に会いに行きます。どうかそれまで私の言うことを聞いてください」
- 217 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:15:08.04 ID:CAM9WLfs0
- お嬢様はじっとドクオの顔を見つめました。
今にも崩れてしまいそうな、悲しい笑顔を。
( <●><●>)『わかってくれるね、クー』
表情は違えど、亡き兄の面影。
どこか遠くへ行ってしまいそうな不安。
お嬢様の思考は程なくして停止しました。
川 - )
('A`)「お嬢様・・・」
- 221 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:17:45.77 ID:CAM9WLfs0
- ( ^ω^)「・・・クー。ドクオさんもつらいんだお」
沈黙を貫いていたブーンが口を開きました。
お嬢様は黙ってブーンの話を聞きます。
結んだ口をさっきよりもキュッとしめて。
( ^ω^)「目の前でクーのお兄さんが殺されて、その上クーが死んだら
ドクオさんはどう思うお?」
( ^ω^)「別れは辛いかも知れない。でも、ドクオさんは必ず会いに行くって言ってるお」
( ^ω^)「クーも覚悟を決めなきゃいけない時なんじゃないかお?」
さっきと同じような風が部屋に吹きました。
生暖かくて、それでいて少し爽やかな。
- 223 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:22:00.76 ID:CAM9WLfs0
- 川 ゚ -゚)
ブーンが語りかけている間に、お嬢様は顔を上げていました。
整った顔に不安を見せながらも。
しかし、その茶色い瞳にはもう涙は溜まっていません。
腰掛けていたベッドからスッと立ち上がり、あのときと同じように凛とした姿勢で
ドクオに視線を向けました。
まっすぐな力強い表情で。
川 ゚ -゚)「悪かった。ドクオの気持ちも考えずに」
川 ゚ -゚)「ブーン。ありがとう目が覚めたよ」
( ^ω^)「おっお」
- 224 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:25:41.83 ID:CAM9WLfs0
- 川 ゚ -゚)「ドクオの言うとおりこの家を離れるよ。私が生きることで、」
川 ゚ー゚)「生きることで幸せとしてくれる人がいるのなら」
いつもと同じ優しい微笑みでした。
お嬢様は窓に近寄り、空を見上げます。
夏の夜空。
お嬢様にとって星たちの輝きが後押ししてくれるような気がしました。
月明かりがお嬢様の顔を照らします。
- 225 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:30:13.93 ID:CAM9WLfs0
- ('A`)「必ず、必ず会いに行きます」
その後ろで呟くように決心を口にしました。
風に揺れる美しい茶色い髪を見ながら。
しばらく見ることは出来ない月明かりを浴びる、白い肌を見ながら。
川 ゚ー゚)「わかってる」
空を仰ぎながらささやくように返答しました。
('A`)「ブーン。お嬢様をしっかりとお守りするんだぞ」
ほんの少しだけ声が震えていました。
- 226 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:32:39.68 ID:CAM9WLfs0
- 長くに渡り、幽閉された乙女を見守り続けた男。
古びた塔の一室で健気に女を磨き、強く強くあり続けた乙女。
二人の関係が一幕降りようとしています。
ドクオの目に映るのは、月明かりに照らされた強く、たくましい男女。
その傍らの男にドクオは全てを託しました。
全てを託された男。
ただ一言、
( ^ω^)「もちろんですお」
とだけ口にしました。
迷いの無い、まっすぐな答え。
- 227 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:34:39.04 ID:CAM9WLfs0
- 川 ゚ -゚)「ドクオ」
お嬢様は空から目を離し、長年共に歩んだ男に目を向けます。
そばにある箪笥から深く輝くものを取り出しました。
深い深い緑です。
川 ゚ -゚)「これを」
ドクオに差し伸べるのはブローチ。
お嬢様の白い手のひらからそれを優しく受け取り、まじまじと見ました。
吸い込まれるような深い色。
ドクオの良く知るブローチでした。
- 229 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/18(土) 23:40:27.05 ID:CAM9WLfs0
- 川 ゚ -゚)「わかっているかとは思うが母の形見だ」
川 ゚ -゚)「いつの日か再び会えるときまで持っていてほしい」
川 ゚ー゚)「わがままかな」
ドクオは、いえ、と首を振って答えました。
ブローチをキュッと握ってお嬢様の顔を見ます。
('∀`)「では、二人の明るい門出のご用意をいたしましょう」
はじける様な満面の笑みでした。
- 234 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/19(日) 00:13:44.23 ID:tJz1Xvvy0
- ――――ドクオがお嬢様の荷物の用意を済ませる頃には月が真上まで来ていました。
月明かりがよりいっそう強くなる中で、二人は窓からツタを降りて地に足を付きます。
お嬢様は被っていたフードを取って塔を見上げました。
長く暮らしていた塔。
それは月明かりに照らされ、幻想的な白金色に輝いていました。
そして、窓からドクオが手を振ります。
どうか元気で、と。
お嬢様とブーンもそれに答え、手を振り替えしました。
どうか元気で、と。
- 236 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/19(日) 00:19:15.45 ID:tJz1Xvvy0
- 涙の別れにはなりませんでした。
三人は、姿が見えなくなるまで、笑ってずっとずっと手を振り続けました。
頭上に沢山の星が輝く中で、塔に幽閉されていた乙女が、ゆっくりと地を歩み始めます。
この先の人生を自分の足でしっかり進んでいけるように。
隣には全てを託された男。
同じ歩みでお嬢様と一緒に。
第二の人生が幕を開けたばかりでした。
- 237 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/19(日) 00:22:03.03 ID:tJz1Xvvy0
- ――――その星空の中、一つの決心をした民族がありました。
_
( ゚∀゚)「立ち上がるときが来た」
川辺に集まるはモララー卿に虐殺され続けた異教徒。
女性たちはキャンドルを持ち、祭壇と思わしき石の土俵を囲みます。
小さな火の光に囲まれた男たちは、中心の大男の声に耳を傾けていました。
中心の大男は夜空を仰ぎ静かに深呼吸を繰り返します。
透き通る水に映し出される月。
魚が跳ね、月が歪みます。
- 238 名前: ◆24es8un4MA :2010/12/19(日) 00:25:15.14 ID:tJz1Xvvy0
- _
( ゚∀゚)「クー・フーリンの加護を」
そう一言小さな声で宣言すると、周りの男たちが大きな声を上げます。
地鳴りがするほどの大声。
その叫びと共に狂うように踊りだす男たち。
スカカカッ カカカッ
上半身をまったく動かさない特殊なステップダンス。
一糸乱れぬ動きがそこにありました。
幻想的な火の光の中で戦いの誓いがたてられました。
戦争が始まろうとしています。