2.無漏ノ蕾
64 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/01(木) 23:46:23.42 ID:pyRuUu9v0
2.無漏ノ蕾


翌日――。

内藤はツンの邸宅に向かっていた。

(;^ω^)「やべぇ、よりによって今年一番の暑さじゃないかお。こんな日に限って……」

流れる汗を拭いながら内藤は進む。
内藤の屋敷は町の外れにあるが、此度目指しているツンの住居は、そのちょうど反対の町外れに存在している。
だから備富町を横断する形になる。備富はこの地方でも最大級の町である。

今は町の中心を抜け、脇に繁茂する野草の香気を乗せた、青臭い風の漂う道を歩んでいる最中。

(;^ω^)「あっちー。こりゃたまらんお」

青々と晴れ渡る空には雲の一筋も流れておらず、太陽の日差しを遮るものなど何もない。
今朝からずっとこの様相であったので、砂利道にも熱が堆積している。
草履越しに、熱された砂の温度が内藤の足の裏に伝わる。

ちょっとひりつくな。
そう思った。

66 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/01(木) 23:50:14.08 ID:pyRuUu9v0
実際に歩いてみて分かったのだが、この道は緩やかな坂になっている。
傾斜は非常に小さいくせに距離は長々と続くという、誠に緊張感のないだらだらとした坂道である。

(;^ω^)「じわじわと体力を奪われていくお……」

地図は平面だが現実はそうとは限らない。

頬被りの上から傘をかぶり、背に薬を詰め込んだ竹籠を負っての行路という、
平素と何ら変わりない格好であるのだが、猛暑を抜きにしても、どうにも普段より疲れが溜まるように感じる。
気も重い。くたびれた仕草ばかり無意識にとっている。

おそらく、自分は今になって臆してしまっているのだろう――。

( ^ω^)「まだ着かないのかお。いい加減見えてきてもいい頃じゃ」

口に出してはみたものの、これは本心ではない。
自己の内側でそのことを認める。
永遠に目的地に辿り着かなければどれほど楽か。将来殺す破目になる者の顔など、見たくないのが本音である。

けれど既に乗りかかった船。

( ^ω^)(漕ぎ出してしまったらもう後戻りはできないし、自分の都合で止まってもくれないんだお)

牛歩だが、確実に足を進める。
歩き続けるうちに、踵がなだらかな坂に馴染んでいくのを、内藤ははっきりと感じた。

68 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/01(木) 23:54:14.65 ID:pyRuUu9v0
( ^ω^)「お、あれかお」

長々と歩き続けて、ようやく、道の伸びた先に一軒の屋敷が見えた。

(;^ω^)「でけー家……」

建造物としての大きさもさることながら、内藤の注目を奪ったのは、まずその建築様式である。

(;^ω^)「なんでこんな無駄に柱があるんだお。なんで外壁に彫り物がされてるんだお。
      しかも屋根が瓦葺きじゃないとか奇想天外にもほどがあるお……」

門の前に突っ立ったきり中々足が進まない。

二階正面には擦り絵の入った硝子窓が、この屋敷の象徴であるかのように堂々と鎮座している。
描かれている絵柄が何なのかは内藤には見当がつかぬ。
観測したままで表せば赤子を取り上げる産婆のように見えるが、それすらも所詮は虚ろな推察に過ぎぬ。

( ^ω^)「どんな奴が住んでるんだお」

内藤はこのような造りの屋敷を目にしたことがない。
異国の香がする。内藤は若干戸惑う。

同時に、成程寄りつく人間がいないはずだ――とも思う。
単純に辺鄙なだけではあらず、ここだけ世俗から切り離された、隔絶した空間になっている。

70 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/01(木) 23:57:42.17 ID:pyRuUu9v0
( ^ω^)「……まあ入ってみないことには始まらないお」

内藤は扉を――引き戸ではなく、鉄製の扉の隣に据えられた呼び鈴を鳴らす。

とはいえ、扉は開くのだろうか。
ギコの話ではツンという女はやたらめったら警戒心が強いとのことである。
そもそも例の用心棒とやらが応対するかも分からぬ。

(;^ω^)「……遅いお」

程々待った。しかし一向に開く気配がない。
すぐ裏はもう山林である。目に鮮烈な青葉を揺らし木々がさやりさやりと鳴いている。

( ^ω^)「留守にしてるのかお。まさか」

と何気なく、得体の知れぬ模様の彫金が施された取っ手に指をかけた瞬息である。

(;^ω^)「あ――開いてる?」

がちゃり、と重たい音を立てて、取っ手は下方へと捻られた。
施錠がなされていない。

71 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:00:28.91 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)「……あれ?」

話と違うではないか。保身に神経質なのであれば、鍵が下ろされているのが自然ではないのか。
これではむしろ――無防備ではないか。

(;^ω^)(ギコさんの得ていた情報と、食い違ってる……?)

この程度誤差の範囲、と割り切ってしまっていいのだろうか。
ただどうにも内藤は気にかかって止まない。

錆びた蝶番が軋んでいる。
把手を握りしめているこの右手を引けば、この鋼鉄の門扉の守護は解かれる。
思い切って開き切ってよいものか、内藤はしばし逡巡する。

その時。

「ちょっと! そこで何してるの!」

天から降りかかってくるような甲高い声を受け、慌てた内藤はとっさに手を離し背筋を伸ばした。

声は何処からか。
上だ。

73 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:03:49.28 ID:kSch0PMr0
「暇潰しに外の景色でも眺めようかなって思ったら……。
 ねえ、一体何をしているの? あなたは何をしに来たの?
 わざわざこんなところにまでやって来て、どうするつもりなの? ねえってば!」

見上げると、小窓から身を乗り出してこちらを俯瞰している者の姿がはっきりと確認できた。
想像と幾分乖離した、きいきい喚くような声音である。
あの女がツンか。
状況からしてそれ以外の選択肢は考えられぬ――考えられぬのだが。

(;^ω^)(いいや、でも、だけど――)

内藤は今もなお自分の網膜に疑問を投げかけている。


(;^ω^)「あ、あなたがツンさんですかお?」

ξ゚听)ξ「そうよ! 私がツンで何か都合の悪いことでもあるの?」


若い。いや若すぎる。これではいっそ、幼いと呼び表してしまったほうが余程適切であろう。

つまりは少女なのである。

74 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:05:34.12 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)「ぬ、それに……」

内藤は別の事に意識が向く。

こうして階下から仰ぐツンの貌は、日陰になっているので具体的には判断できぬが、
概ね捉えられる限り顔立ちは日本人のそれではない。
垂れ下がった両結びの髪は薄い橙色をしていて、風が吹くたびに上質の生糸のように柔らかく揺れる。

( ^ω^)「ひょっとして、君は和蘭人かお」

口にしてから、馴れ馴れしく「君」などと呼んでいたことに気づく。
だが子供扱いしてしまうのも当然だ。現に相手は年端のいかない女の子なのだから。

ξ゚听)ξ「そうよ」

明朗快活にツンは答える。

ξ゚听)ξ「でもあっちのことなんて全然分からないわ。
      おとーさんとおかーさんは外国から来たみたいだけど、私はここで生まれたの。
      だから、こっちのことしか知らない。おとーさんも、こっちの言葉しか教えてくれなかったし!」

言動に反してどこか得意げな口ぶりである。
道理で流暢――とまでは言えぬが、特に不自由せず会話できる水準の日本語だと内藤は納得する。

ξ゚听)ξ「それであなたは? あなたは何をしに私のおうちに来たの?
      私の質問にも答えてよ」

76 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:07:32.06 ID:kSch0PMr0
内藤は拍子抜けした。

( ^ω^)(この子が、この女の子が……ギコさんが死んでほしいと念じている張本人)

「憎くて堪らない」などと眉根を顰めて言っていたものだから、相当の悪女を想定していたのが、
いざ顔を合わせてみれば心身ともに年相応の可憐な少女ではないか。

それにギコの談では、人間不信に陥っているかのような懐疑心甚だしい人物のように語られていたが、
こうして間近に会って対話している限りではその気配は欠片も感じられない。
これは如何なことか。

( ^ω^)(所詮は……噂に過ぎなかったのかお)

人との交わりを絶ちたいから誰にも姿を見せないのではなく、
誰も姿を見ないから、勝手に、このいたいけな少女は他人と距離を置きたがっているということにされ、
風評が独り歩きしたのではないか、と内藤は考える。

( ^ω^)(要は、順序が逆)

ギコも目が合っただけで終わったそうである。
実情は、こうして実際に対面して話してみねば解せぬということか。

77 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:09:50.64 ID:kSch0PMr0
しかしながら時を等しくして新たな疑問が浮かぶ。
ツンの様子が噂と異なっているのは、伝聞推定に頼ってはならない、という教訓じみた結末で片づけるにしても、
なぜギコは、こんな人畜無害にしか見えぬ少女に、殺してしまいたいほどの嫌悪を抱いているのか。

ξ゚听)ξ「――ねえ、聞いてる?」

その問いかけを契機に視線を元に戻すと、ツンは依然として内藤を見下ろしていた。

ξ゚听)ξ「どうしたのよ、急に黙って、下向いちゃって。怪しいわね」

ツンは腕を組み、怪訝そうな顔をする。

(;^ω^)「ぜ、全然怪しくなんかないお。僕は歩きの薬売りをやってる内藤という者だお」

ξ゚听)ξ「ないとー?」

応えてから、しまった、と思った。
焦りからかあっさりと実の名を名乗ってしまった。計画に差し障りが出るかも知れない。

ξ゚听)ξ「でも、おうちの前でごそごそやってたじゃない。
      薬を売りに来たんなら『ごめんくださーい』ぐらい言うでしょう?」

疑いの目は強くなる。
やはり噂に違わず警戒が固いのか――とも一瞬脳裏を過ぎるが、
この状況下ではツンに限らず、誰が見ても自分は不審者であろうと内藤は自覚する。

80 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:12:27.69 ID:kSch0PMr0
(;^ω^)「よ……呼び鈴は鳴らしたお!」

ξ゚听)ξ「呼び鈴? それって、扉の隣にあるやつ?」

( ^ω^)「そうだお」

ξ゚听)ξ「あれ、壊れてるわよ」

小窓の桟に両肘をハの字に乗せ、軽く頬杖をつきながら、
いかにも悠々自適という身振りで蘭国の少女はあっけらかんと言ってのけた。

( ^ω^)「は? 壊れてるならなんで修理しないんだお?」

ξ゚听)ξ「直し方なんて分かんないわ。私が作ったんじゃないんだもん!」

頬を膨らませてツンは抗弁する。

( ^ω^)「いやそうじゃなくて、君が知らなくても、お父さんやお母さんに任せれば――あっ、もしかして」

内藤はそこではっとする。

( ^ω^)「君の両親は、ここにはいないのかお」

81 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:16:27.55 ID:kSch0PMr0
ξ゚听)ξ「うん。ずっと前から遠くのどこかに旅行しにいって、まだ帰ってきてないの」

特にこれまでと変化のない口調である。

ξ゚听)ξ「あっ、でも一人ぼっちじゃないのよ。
      一緒に住んでるおっきな使用人がいるんだけど、こっちもおうちのことに関しては全然駄目」

察するにその男が件の用心棒なのだろう。
だが内藤は前言のほうが著しく気にかかる。この屋敷にツンの父親と母親は、暮らしていない。

( ^ω^)(事情は……訊けないか)

何やら不穏である。ことによるとギコの動機も関係しているのかも分からぬ。
ツンは下から伺う限りでは別段悲しそうではない。
そのことがまた不可思議だ。ただ単に気丈なだけかも知れぬが、それを幼い娘に求めるのは酷というものだ。

果たして何が裏に流れているのか。

否、それよりも――。

(;^ω^)(僕に……この子が殺せるのかお?)

錯乱する内藤の頭は、その命題で隅々まで埋め尽くされていた。

83 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:19:19.26 ID:kSch0PMr0
急に影が落ちた。
もう日が暮れたか。いやそんなことはありえぬ。内藤が自宅を出た時、まだ太陽は日中にも至っていなかった。

では物陰か。
これもありえぬ。怪異談でもあるまいし唐突に背後に遮蔽物が地面から生えてくるはずがなかろう。
つまり――。

「オイ」

人の影に他ならぬ。内藤は驚駭して体ごと振り返ると、

( ゚∋゚)「オマエ ココニ ナニシニキタ。 オジョウニ ナニカ ヨウカ」

真後ろに、獅子殺しの猛将も裸足で逃げ出すような筋骨隆々とした大男が立っていた。
顔は非常に彫りの深い強面である。頭髪は綺麗に剃り上げている。
落ち窪んだ目から放たれる眼光は怖いくらいに落ち着いているのだが、獰猛さはまったく隠せていない。

(;^ω^)(こ……殺される! 間違いなく今僕はここで殺されるお!)

内藤はとっさにそう思った。

( ゚∋゚)「……」

対する巨漢の男は、怯える来訪者を尻目に一転して沈黙する。
左の脇には手拭いを被せた揚げ笊を二個重ねて抱え、右肩には籠を担いでいる。

86 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:22:19.86 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)(何かの作業の帰りなのかお……)

その割に纏っているのは、初夏だというのに暑苦しい黒の外套――洋装である。

(;^ω^)(つーかこいつガタイよすぎだお。七尺超えてんじゃねーかお)

( ゚∋゚)「オイ」

(;^ω^)「はいい?」

( ゚∋゚)「ハヤク コタエロ。 オジョウニ ヘンナコトヲ スルツモリナラ……」

(;^ω^)「いやいや、そんなことをしに来たわけじゃないお! 僕はただ薬を売りに来ただけだお!」

慌てて諸手を振って否定する。

( ゚∋゚)「クスリ?」

(;^ω^)「はい。これだおこれ」

内藤は背負った竹の籠を指差す。

( ^ω^)「この中に常備薬がいっぱい入ってますお。おひとつどうかお?」

営業用の笑顔である。だかクックルはぴくりとも能面を崩さない。形勢がよろしくない。

88 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:24:49.41 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「アヤシイナ ソノナカニ ブキデモ カクシテルンジャナイカ」

(;^ω^)「だから違うって! 信じてくれお……」

疑惑の眼差しは強まるばかりである。
現在置かれている不利な状況を打破するために、話題を転換する。

( ^ω^)「ところで付かぬことをお聞きしますが……あなたも和蘭人ですかお」

顔の造形からして間違いのないことだろう。

( ゚∋゚)「ソウダガ」

ξ゚听)ξ「クックルはねえ、私と違って、おとーさんに連れられてあっちの国からやってきたから、
      あんまり日本語上手じゃないのよ」

頭の上から声が降り注ぐ。
内藤はクックルという名前を知った他には特に気に留めず、目の前の男との対話に集中する。

( ^ω^)「ということは……さっきあの子から聞いたんだけど……この屋敷の使用人とは、あんたのことかお?」

( ゚∋゚)「ソウ。 オレ オジョウノ ミカタ ヤッテル」

( ^ω^)(味方、かお)

( ゚∋゚)「オジョウ マモル。 ソレガ オレノ ツトメ」

93 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:45:27.49 ID:kSch0PMr0
とりわけ面持ちに感慨はないが、胸を張って答えている。
僅かな掛け合いではあるが、内藤は、話の通じぬ相手ではない――と判断する。

( ^ω^)「でも、その割にはこの屋敷、鍵が開いてたお。警備が緩いんじゃないかお」

( ゚∋゚)「ナニイ?」

ξ;゚听)ξ「ええ? それ、本当?」

素っ頓狂な高音が響いた。発した主は二階にいるツンだ。

ξ#゚听)ξ「クックル! あなた、あれほど外に出る時は戸締りをしておいてねって言っておいたのに! もう!」

(;゚∋゚)「スマン ウッカリ ワスレテタ。 オジョウ ユルシテ」

ξ#゚听)ξ「ダメよ。ついこの前も忘れてたじゃない! 今日のお夕飯は抜きよ、抜き!」

(;゚∋゚)「ソ ソンナ」

誰も喧嘩で敵わぬのではないかという屈強な大男が、うろたえて小柄な娘にへこへこと頭を下げる。
その様は妙に滑稽である。

( ^ω^)(なんだ……意外と抜けてるところもあるんじゃないかお)

内藤はどこか安堵するような気持であった。

95 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:48:20.83 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)(……ん?)

少女相手に必死に弁明する用心棒の情けない姿を眺めているうちに、
ふと、笊に掛かった手拭いの端が少し捲れ上がり、雪の結晶のような白い花が覗いていることに目がいった。

( ^ω^)「ほう、当帰かお」

( ゚∋゚)「ウム?」

その言葉が漏れ出た瞬間、クックルが注目を内藤に移した。

( ゚∋゚)「シッテイルノカ クスリヤ」

(;^ω^)「顔! 顔が近いお! ちびっちゃいそうになるからやめてくれお!」

脅迫しているつもりはこれっぽっちもないのだろうが、なにせ図体が図体なので、内藤は気圧されてしまう。

( ^ω^)「あー……そりゃ当然、薬を扱う商売なんだから知っているお。
      当帰の根は煎じて飲めば体の内側の痛みに効き、生葉は活力の源になるお」

( ゚∋゚)「ナント! ハッパニモ コウカガ アルノカ」

( ^ω^)「大抵の薬草にはいろんな部位に効能が含まれているお」

96 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:50:59.82 ID:kSch0PMr0
内藤は、クックルが抱えている竹笊から一本当帰の花を抜き取ってみせる。
独特の芳香が漂う。

( ^ω^)「根と違って甘味はないけど、香りは悪くないから、かじってもそんなに抵抗はないと思うお」

そう告げられたクックルは葉を一枚ちぎり、口に運ぶ。

( ゚∋゚)「……ウマクナイゾ」

(;^ω^)「誰もうまいとは言ってないお」

こうなるともう片方の笊も内藤は気になる。小鼻を動かして匂いを嗅ぐ。

( ^ω^)「ああこりゃ丁子だお」

( ゚∋゚)「ニオイダケデ ワカルカ」

( ^ω^)「香りの強さで有名な植物だから、別に僕じゃなくても同業者なら誰でも簡単に判別できるお。
      こいつを粉末にした漢方薬は胃の調子が悪い時には最適だお。
      末端の冷えにも効くけど、まあ、この時期にはあんまり関係ないかな」

( ゚∋゚)「ウウム クスリヤヨ。 オマエ カナリノ ヤリテダナ」

(*^ω^)「いやいやそれほどでも、あるお」

煽てられて内藤の機嫌はいとも容易く良くなった。
存外にも談笑が弾んでいる。やはり話の分かる相手であったようだ。

97 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:54:52.96 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)「こっちには何が入ってるのかなっと……」

と、内藤が籠の中身を覗こうとした時である。

( ゚∋゚)「ダメダ!」

突然クックルは声を荒げた。地鳴りのような迫力ある重低音に、内藤は身を震わせた。

( ゚∋゚)「……オマエ ヌスムカモ シレナイ。 マダ アヤシイ。 フシン」

(;^ω^)「だから怪しい者じゃないって……」

あははは、と男二人の間に張り詰めた空気にそぐわぬ、鈴鳴りのような笑い声が上がった。

ξ゚听)ξ「うちはねー、裏の畑でいろんな野菜や植物を育ててるの。
      クックル一人でやってるから、私は手つかずだけど。
      せっかく収穫したのにとられたんじゃ、クックルもたまんないもんね」

( ^ω^)「だからそんなことしないって……。
      人が丹精込めて作ったものを盗めるわけがないじゃないかお。
      無理に見ようとしたのは、職業柄とはいえ失礼だったと詫びるけども――」

98 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 00:58:18.91 ID:kSch0PMr0
言い終えかけた途端、内藤の頭にある推測が思い浮かぶ。

( ^ω^)「もしかして、これらを売って生計を立ててるのかお?」

( ゚∋゚)「……アア。 タマニ マチニデテ クスリノタナニ カイトッテ モラッテイル。
     イマイナイ ダンナノ シゴトヲ ヒキツイデイルノダ」

( ^ω^)「なーんだ、じゃあ知らぬ間にあんたにお世話になってたのかも知れないお。
      仕入れ先のおっちゃんにちょっと尋ねてみるかお」

内藤はにこやかな笑顔を見せる。

( ゚∋゚)「……ホウ」

クックルもまた笑った――気がした。

( ゚∋゚)「オマエ オモシロイナ。 オカシナコトヲ シニキタワケジャ ナサソウダナ」

(;^ω^)「やっと分かってくれたかお」

だが――それは偽りである。
「薬売りの内藤」としての姿は本物であっても、その裏にある「ツン殺害を企てる内藤」は、秘匿している。
それを感づかれてはならぬ。粘りのない汗が米噛みを伝う。

100 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:02:41.17 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「キョウミ デテキタ。 チョット オマエノ クスリヲ ミタイ」

( ^ω^)「おお、本当かお」

占めた、と思った。予想外にも、最大の難敵と見込んでいた用心棒のほうが御しやすい対象であった。
商談の技巧になるが、風流に取り入ることの有効さを、内藤は改めて実感する。

( ^ω^)「お安くしとくおー」

ξ;゚听)ξ「えっ、ちょっと、なに私を放って勝手に話を進めてるのよ!」

( ゚∋゚)「オジョウ」

クックルはツンを見上げた。二階の窓から顔を出すツンまでの距離が、幾許か近い。

( ゚∋゚)「カマワナイカ コイツ マネイテモ」

ξ;゚听)ξ「うーんうーん……」

暫し片頬に手の平を当てて熟慮し、

ξ゚听)ξ「……まずクックルだけ先に入ってきて! 」

そう命じた。
クックルは内藤に声を掛けるでもなく、呆れ顔でそそくさと屋敷内に入っていった。

101 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:05:18.08 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「ヨシ ハイレ」

やや待っていると、扉の向こうからクックルの胴間声が聴こえた。

( ^ω^)「そいじゃ……お邪魔しますお」

内部の造りは、外観ほどの奇抜さは見受けられなかった。
漆喰塗りの淡い乳白色の壁に、直線状の柾目が走った米松の天井。これは余所でも頻繁に目にする。
石材を敷き詰めた床には多少違和感を覚えたが、仰天する加減でもない。
あえて苦言を呈すなら、和式の建物よりも、若干風通しが悪いような、そんな感触である。

ただ履物を脱ぐ場所が見当たらない。玄関を過ぎると、あとはもう廊下がそのまま続いている。

( ゚∋゚)「ソノママ アガレ」

(;^ω^)「正気かお」

だが郷に入っては郷に従え――内藤は大人しく、言われるがままにした。

(;^ω^)「うう、変な気分だお。誰かに目撃されたら確実に躾がなってない奴だと思われるお……」

と、ここであることに気づく。

( ^ω^)「あれ、ところで、ツンはどこにいるのかお」

102 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:09:37.86 ID:kSch0PMr0
「ここよ!」

何処からか声のみが上がった。

(;^ω^)「ど、どこだお? 声はすれども姿は視えず……完全に幽霊じゃないかお!」

ξ゚听)ξ「バカ! ここにいるわよ、ここに!」

ひょっこりと、黒服の背中から少女の顔が突き出た。説明するまでもなくツンである。

( ^ω^)「なんでそんなところに隠れてるんだお」

ξ゚听)ξ「うるさいわね! いいでしょ、別に」

そしてまた顔を引っ込める。

それが照れなのか、羞恥心なのか、臆病なのか、用心なのか、
もしくは自分への嫌悪感を露骨に示しているのかは、内藤にはまるで判らぬ。

(;^ω^)(でも最後の理由だったら、嫌だなあ……)

計画が円滑にいかぬという根本的な問題だけではなく、
他人から忌み嫌われるということが、この生一本な青男には一等堪える。

104 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:13:43.98 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「オジョウハ ヒトマエニハ ナカナカ デナイカラナ。 ワカレ」

(;^ω^)「ふへえ」

( ゚∋゚)「マアデモ コウシテ マヂカニナルノモ クスリヤガ ハジメテカ アルイハ フタリメカ サンニンメ」

ξ゚听)ξ「余計なこと言わないでいいの!」

そのようなことを真顔で教えられても内藤は返しに困るだけである。

また、ひとつ脳裏に浮かぶ。

(;^ω^)(あれ、これってもしや風説に違わないんじゃないのかお)

ただそれにしてはお転婆が過ぎるようにも見えるし、身の固い女の典型例とは随分かけ離れている。

( ^ω^)(いやいやまさか。
      こんだけ気ままに振る舞ってるのに、人間に不信感を持ってるとか、悪い冗談にしか聞こえんお。
      恥ずかしがりなだけなのかお? そのくせには、強気っていうか……勝ち気な)

突っ撥ねてはいるが、特別激しく拒絶しているようには感じ取れない。

珍妙な奴だ。
そう思った。

105 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:17:10.15 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)(んー……それにしてもだお)

小窓から半身を突き出して己を鳥瞰しているところを仰ぎ見ていた時はよく判らなかったが、
近くで注視すると、中々どうしてかわいらしい容姿をしているではないか。

二つ並んだくりっとした瞳は、自分と同じような黒と茶の入り混じった色ではなく、澄んだ萌黄色。

おそらく碌に外出していないせいもあるのだろうが、肌は限りなく透明に近い白さを誇っている。
拗ねて少し先を尖らせた口唇は対照的にうっすらと紅い。
すらりと通った西欧人独特の高い鼻梁は、このあたりではまずお目にかかれまい。
童女とは思えぬほどはっきりとした顔立ちである。

そして印象的なやや金色がかった橙の髪。

これが和蘭の血の少女か――内藤はそんなふうに感想を抱く。

しかしながら纏っている服は、黄檗染めの鮮やかな縮緬地の小袖である。
そのためか、不自然とまではいかぬが、あどけない表情とも合わさってどうにも不調和に見える。

( ^ω^)(待てよ、これが逆に新感覚なのかも……いやないか)

小さいから、クックルの背に隠れてしまうと、その矮躯は完全に見えなくなってしまう。
そこから仔犬のようにちょこちょこ顔を覗かせて時折こちらの様子を伺っているのも、また愛らしい所作である。

106 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:20:53.11 ID:kSch0PMr0
客間に通された。畳ではなく、艶消しの板敷きである。これはこれで趣がある。

( ゚∋゚)「チャデモ ノンデイクカ」

( ^ω^)「いやお構いなく……それよりもだお」

腰を下ろして籠中を漁り、今日持ち運んでいた薬を二、三品並べた。
クックルとツンも座る。ツンはさして興味もなさそうで、クックルにひっついたきりである。

( ^ω^)「こちら熱冷まし、そちら喉薬。どっちも夏風邪に抜群に効くからおすすめだお」

( ゚∋゚)「イクラダ」

内藤は指を数本立てて示す。

( ゚∋゚)「ヤスイナ! ソンナンデ ヤッテケルノカ クスリヤ」

( ^ω^)「損して得とれが父から学んだ信条でして」

そう応えて、内藤はまた何やらごそごそと籠から薬剤を取り出した。

( ^ω^)「まだまだいろいろあるお。
      鎮痛剤や解毒剤、地黄や酸棗仁から精製した自作の特製漢方まで揃えてあるお。
      んでこれは、えーと、なんだっけ……ああそうだ、止血剤だお。危ない仕事の時には重宝するお」

内藤がうっかり口を滑らせたことに気づくのにそう刻は要さなかった。

109 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:26:44.80 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「アブナイ シゴト? チノ デルヨウナカ?
     クスリヤヨ オレノ シゴトノ ナカミ シッテルノカ」

(;^ω^)「ううん……もうごまかせないから言っちゃうけど、
      ツンは使用人だっていうけど、あんたは用心棒的なこともしてるって町の人に聞いたんだお」

このぐらいなら障りないだろう――と、内藤は嘘と正直の境目が判らぬ告白をした。

( ゚∋゚)「ヒテイ シナイ。 トイウヨリ ムシロ ソッチガ ホンショクダナ」

ξ;゚听)ξ「ええっ、そうなの?」

(;^ω^)「警備されてる本人が自覚してなかったのかお……」

( ゚∋゚)「オジョウハ ソウイウ トコロ アル」

( ^ω^)「あんたの気苦労が知れるお」

( ゚∋゚)「ソレヨリ モット ミセテクレナイカ――」

そうして竹籠を掴むために上半身を少し前に伸ばした時である。
クックルが羽織っている外套の内から、何か、ちんまりとした鈍い銀色の物体がぽとりと落ちた。
十字架である。
何の象徴であるか、内藤にはうろ覚えではあるが知識がある。

110 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:30:17.48 ID:kSch0PMr0
あれは、確か――。

( ^ω^)「――耶蘇教」

( ゚∋゚)「ミタカ」

重い、鈍器で殴りつけるような声色である。

(;^ω^)「な……なんのことかお」

( ゚∋゚)「ミタノカト キイテル」

あらん限り顔面を接近させてクックルは凄む。白い額の天庭にまで、くっきりと青筋が浮かび上がっている。

内藤はただならぬ悪寒を覚えた。
殺気立っている。今にも自分の喉元に喰いかかってきそうな、物々しい剣幕である。

(;^ω^)「いやいやいや! ちょい待つお! 見たことは見たけど!」

( ゚∋゚)「ヤハリ ミタノカ クスリヤ!」

(;^ω^)「見たけど! いきなり恫喝される意味が分からんお!」

不意に、ぷっと噴き出す音があった。ツンである。

111 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:34:15.69 ID:kSch0PMr0
ξ゚听)ξ「あはは、クックル、怖がらせるのもそのぐらいにしなさいよ。別に隠すほどのことでもないじゃない。
      ないとーみたいな間抜け面がそんなの知ったって、何も問題ないでしょ?」

( ゚∋゚)「ウーン タシカニ タシカニ」

宥められてクックルは引いた。

(;^ω^)「助かったことは助かったけど馬鹿にされてる感は否めないお」

緊迫から解放された内藤は、飛瀑のように流れ出た冷や汗を袖でごしごしと拭く。

ξ゚听)ξ「クックルはイエス様の教えを大切にしてるのよ。
      その十字架をずっと離さず持ち歩いてるし、毎日ちゃーんとお祈りもしてるし。
      ええと、確か、向こうの言葉で――」

( ゚∋゚)「クリスチャン」

横からクックルが口を挟んで補った。

ξ゚听)ξ「そう、それ!」

ツンは、ぱちん、と平手を打ち合わせた。

112 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 01:36:32.76 ID:kSch0PMr0
ξ゚听)ξ「よーするに、クックルはとっても熱心なクリスチャンなの。
      あっ、ちなみに私もよ。おとーさんも、おかーさんも、そうだったわ」

まったく自慢になってはおらぬのだが、ツンは妙に居丈高である。

( ^ω^)「クリスチャン――ああ、切支丹のことかお。ん?」

ふとした拍子に内藤は奇異に思い首を傾げた。
国内にいた切支丹は随分昔に禁教令で弾圧され、国外追放か、酷い場合は極刑に処されたはずである。
つまりは――隠れ切支丹か。

(;^ω^)(あれ、でも布教目的じゃなかったら教徒であっても罰されなかったんだっけ)

そのあたりの規律に関する記憶は胡乱である。

( ^ω^)「ふうん、しかし……切支丹、切支丹ね。こんなおっかない大男が敬虔な信者だとは、世も末だお。
      どう見ても人間の一人や二人抹殺してそうな風体じゃないかお」

内藤は、はじめ皮肉交じりの冗句のつもりで言った。
しかしながら二人は、至って真面目な顔を保ったままである。

ξ゚听)ξ「どうだったっけ?」

115 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:12:21.24 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「リョウテデ カゾエラレナクナッタ サキカラハ オボエテナイ」

(;^ω^)「ぶほっ!」

内藤は思わず咳き込んだ。
むせて鳩尾をどんどんと叩く。
そのような諧謔をさりげなく扱えるような、洒落っ気を備えた男には見えないものだから、変に信憑性がある。

(;^ω^)「それ、まじで言ってんのかお」

( ゚∋゚)「……」

(;^ω^)「ああその目は本意気ですねすみませんごめんなさい命だけはご勘弁」

巨体の脇で、ツンがくすくすと口に手を当てておかしがっている。

(;^ω^)「てか切支丹なのに、殺したとか、教えに反してるんじゃないのかお」

ξ゚听)ξ「あら知らないの。『やっちゃえ!』って神様が命令してることなら、それは正しい行いになるのよ。
      でも自分で死んじゃうのはダメ。一番やっちゃいけないことだって、おかーさんが昔教えてくれたわ」

( ^ω^)「ほうほう」

内藤は黙って頷くのみである、聖書の内訳など知る由もない。

116 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:17:16.41 ID:kSch0PMr0
代わりにギコの科白を思い出す。

『我々は悪行と重々承知して動かねばならぬ』
『たとえ己の正義に基づく行為であっても、我々がこの先為すべき所業は誰にも許されぬ』

真逆だ。思想と行動理念が、まったくの正反対。

( ^ω^)(どっちが……正しいのかお)

たぶん、その答えは当面の間は導き出すことはできないだろう。
内藤は胸裡でひとまずの決着をつける。

ξ゚听)ξ「……とまあ、つまりそういうわけ」

床板が軋む音で現実に引き戻されると、どうやらちょうど今ツンは語り部役を終えたところらしい。

( ゚∋゚)「ソノトオリ。 オジョウ マモルノハ オレノ セイギ。
     ワレラガ カミガ ソウシロト オレニ テンケイヲ サズケテクレテイル」

( ^ω^)「へえ、そういうものなのかお」

( ゚∋゚)「……モットモ オジョウハ ショウショウ イイスギテル ブブンモ アルガ」

(;^ω^)(ってやっぱりいささか誇張気味なのかお)

117 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:19:13.03 ID:kSch0PMr0
PCやばいんでikkai saikidou

120 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:29:01.38 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「ダガ オジョウノ カイシャクハ オオスジハ アッテイル。
     ジジツ カミノ オツゲヲ カザシテ オオクノ アラソイガ オキテイルダロウ」

思い当たる節がある。

書の記録でしか読んだことがないが、百年以上前、この日本でも耶蘇教が原因で戦乱が起きたと伝え聞く。
加熱の始まりは、確か島原だったか。
だが詳しくは覚えておらぬ。やはりこれもまた曖昧模糊な記憶である。

( ゚∋゚)「マア ソレハ ドウデモイイ ハナシダガ――」

そこでようやくクックルは転がる十字架を拾い、また懐の中に潜めた。

( ゚∋゚)「サテ クスリヤ。 ヨコミチニ ソレタ ハナシヲ モトニ モドソウカ。
     ノドグスリト イチョウヤクト シケツザイヲ アルダケ ウッテホシイ」

( ^ω^)「はいはい、どうもだお」

薬を集めて手渡し、クックルから金銭を受け取る。商談成立である。

ξ゚听)ξ「やっと終わったの?」

ツンは猫めいた所作で目尻をこすり、欠伸をした。
余程内藤たちの対談が退屈だったようで、腕を上に掲げて大きく伸びをしている。

121 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:31:51.75 ID:kSch0PMr0
ξ゚听)ξ「ふう、長かったー。やっと、ないとーがおうちから出ていってくれるのね。
      じゃあね。さよならさよなら」

(;^ω^)「おいおい、その挨拶は素っ気なさすぎやしないかお」

ξ゚听)ξ「だって、ないとーって、やっぱり怪しいじゃない。顔も変だし」

(;^ω^)「顔は関係ないじゃないかお」

ξ゚听)ξ「まったく、クックルも、怪しい人を簡単に招くだなんて、私はまだ認めてないのよ」

( ゚∋゚)「オジョウ キゲン ナオセ。 コイツ ソンナ ワルイヤツジャ ナイト オモウゾ」

ξ゚听)ξ「そうかしらね」

つんと澄ました少女は下唇を噛んで口をヘの字にした。内藤は、微量の居心地の悪さを覚える。

( ゚∋゚)「ソウ キニスルナ クスリヤ。 オレガ ゲンカンマデ オクッテイコウ」

( ^ω^)「頼んだお」

籠を背負ってよいしょと立ち上がり、玄関口へと内藤は長時間の正座で痺れた足で歩く。
後ろからクックルがついてきている。
来賓を快く送り出すための気遣いか、それともあくまで任務に則った監視のつもりか。

122 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:34:00.09 ID:kSch0PMr0
( ゚∋゚)「ソレニシテモ オマエノ ヤクソウノ ハナシハ オモシロカッタ」

( ^ω^)「そうかお。それじゃ今後とも、我が身ともどもご贔屓に頼むお。
      ……あの女の子からしたら、僕が来るのは邪魔なのかも知れないけど」

( ゚∋゚)「イヤイヤ ソウイウワケデモ ナイト オモウゾ。
     オジョウガ アソコマデ ヨソモノト ハナスノハ ソウソウナイコトダ」

( ^ω^)「はあ」

( ゚∋゚)「マタ クルガイイ」

そう言い置いて、漆黒に包まれた用心棒は、その身の丈には狭すぎる廊下を渡り奥の室に控えていった。

一人残される。耳鳴りがする。
静寂が下りた中で、内藤は当初の目的の進行具合をを確認する。

( ^ω^)(ううむ、最初にしてはまあまあ印象はよかったんじゃないかお。
      あの用心棒のほうは中々手応えがあったお。問題は……やっぱりもう一人のほうかお……)

そんなことを整理をつけつつ考えていると、

( ^ω^)「ん?」

伸びた廊下の果てから、とたとたと走り寄ってくる人影が内藤の目に飛び込んできた。
ツンであった。

123 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:38:36.79 ID:kSch0PMr0
内藤はここで初めてツンの全身図を目にした。
華奢である。顔立ちのせいで西洋人形のようにも、着物のせいで和人形のようにも映る。

( ^ω^)(見送りにでもきたのかお。意外とかわいいところもあるもんだお)

その人形は幾らか手前で止まり、一度内藤の顔を見やると、

ξ゚ー゚)ξ「んべえ」

手を後ろに組み、ほんの少し腰を屈めて、緋色の舌をぺろりと出した悪戯な表情を見せてからすぐに走り去った。

(;^ω^)「……」

組み上がっていた夢想への盛大な裏切りである。

( ^ω^)「こいつは……どうやら……」

一筋縄にはいきそうにない。

(;^ω^)(やっぱ噂通りなんじゃないかお……)

そんなことを心の裡で呟きながら、内藤はツンの屋敷を後にした。

125 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:41:42.56 ID:kSch0PMr0



(,,゚Д゚)「わははは、そうか、やはり驚いたか」

ツンの屋敷から帰宅したその日の晩、ギコは笑いを噛み殺しながら現れた。

(,,゚Д゚)「俺の情報だけでは、ツンの年齢など読めなかっただろう、わはは、はは」

まだ目を弓にしている。
今夜も出した茶は飲まれずじまいで冷めている。

(;^ω^)「せっかくなら前もって言っておいてほしかったお。ツンは子供だって……」

(,,゚Д゚)「くく、それだとこうして貴様の反応を見て楽しめんだろう」

(;^ω^)(なんという知略……)

(,,゚Д゚)「まあしかし、俺の言ったこともよく分かっただろう。色恋沙汰などありえぬ、ということがな。
    貴殿が童女趣味の赤烏帽子であるなら話は別だが」

(;^ω^)「勘弁してくれお」

肩の力が抜ける。分の悪い賭け事をやり終えた後のような、気の抜けた脱力感に襲われていた。

126 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:44:51.94 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)「第一、僕は年上が好みだお。包容力のあるお姉さんみたいな女性が恋しいお」

(,,゚Д゚)「ほう、いい趣味をしておるな」

元より内藤は、町の淡い灯に晒されたしっとりとした肌を好む。
張りと弾力のある、瑞々しい肌も悪くはないが、それは内藤には刺激が強すぎる。

( ^ω^)「あれじゃまだ世間の波に洗われ足りてないお。
      僕の半分程度しか生きてないような子供に女の色香が出せるわきゃないお」

(,,゚Д゚)「ふむふむ、成程な。しかし貴殿より上となると、もう後家しかおらぬだろう」

( ^ω^)「構わんお」

(,,゚Д゚)「……ははあ」

にやけながら、ギコは内藤の顔を、例の「全てを暴き立てるような目」で見つめる。

(;^ω^)「な、なんだお」

(,,゚Д゚)「内藤よ」

身を大きく乗り出して、囲んでいる囲炉裏に覆いかぶさり、反対側の内藤に痩せた顔を近づける。

127 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 02:49:02.31 ID:kSch0PMr0
(,,゚Д゚)「俺はひとつ、貴殿について解ったことがあるぞ」

内藤は、どきり、とする。

(;^ω^)「何が……解ったのかお」

(,,゚Д゚)「貴殿は――自分の理想に適う女性に、母親の影を重ねているだろう」

部屋を移ろう時間の概念が、その刹那、ぴたりと停止した。

(;^ω^)「……」

内藤はギコの指摘以降目を伏せ黙したきりである。
だから響くのは蟋蟀が羽を擦り合わせる音ばかりで、他には時々、内藤が唾液を呑み下す音がするくらいである。
お互いの心臓が脈打つ音が聴こえてきそうなほどに、ひたすらに静かだった。

(,,゚Д゚)「当たりか、外れか」

やはり内藤は応えない。
応えない、否、応えられないのは――図星だからだ。

ギコの洞察どおり、内藤は女性に対して母の面影を求めてしまっている。
この歳になるまでに女性との付き合いが一度たりともないのもそのことが元凶である。

132 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 03:17:02.29 ID:kSch0PMr0
結婚は家同士でするものである。当然花嫁は家が用意する。
ところが内藤家には長男坊の内藤しか生存しておらぬ。
ゆえに内藤は自分で相手を見つけねばならない。母の幻影を、振り払わねばならない。

ただ、どちらにせよ、恋愛の末に結ばれる夫婦など、浮気な結婚だと蔑まれるのが通例である。
それは仕方のないことだ。内藤も夙に諦めている。

( ^ω^)(母ちゃん……か……)

内藤は小さい頃より母のことが好きだった。
一際美しく、優しい母の傍にいることが、幼少の内藤には至上の幸福だった。

だから、母が長岡の手によって殺されたと聞かされた時は誰よりも悲しんだ。

( ^ω^)(いや……さすがに当時は、父ちゃんには及ばなかったかも知れないお)

まだ物心がつききっていない頃だったから、惨殺ということがよく分からなかった。
後々父の恨みつらみを受け止められるようになってようやく、その無情さを身に沁みて理解した。

内藤は長岡を憎み続けた。
何度眠る前に寂しさに耐えかねて枕を濡らしたか知れない。
父から最愛の妻を、自分から最高の母を奪った長岡は、この徳川の御代で最大の悪であると、ずっと信じていた。

それゆえ、長岡を殺害したとギコからの報告があった時は、胸がすっとするような想いであった。

133 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 03:24:22.91 ID:kSch0PMr0
ただ――それも最早過去のことである。
母も、父も、長岡も、もうこの世には――存在しておらぬのだ。

(,,゚Д゚)「まあ、こんなことは、丸きり関係のないことだな」

事態を察したギコは、早々に話題を切り替える。

(,,゚Д゚)「それよりだ……どうであった。実際に接近してからの感触は」

( ^ω^)「……はい」

内藤は昼の、西洋式の奇抜な屋敷での出来事を洗いざらい話した。

ツンとはどのような少女であるか――。
クックルの対処はどうすべきか――。

皆まで語った。

(,,゚Д゚)「……ふうむ、そうか。ツンという女は、実態はそのようであったのか」

話を聞かされたギコは、内藤が予期していたとおり意外そうな顔をしている。

134 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 03:28:05.89 ID:kSch0PMr0
(,,゚Д゚)「それにしても盲点だった。成程な、そうであった。
    噂の用心棒――クックルとやらにも、いちいち取り入らねばならぬのだな」

( ^ω^)「でも、そっちのほうがなんだか順調な感じがするお」

(,,゚Д゚)「ふむ、そいつは僥倖かな」

(;^ω^)「だけど、さっきも話したと思うけど、
      ツンのほうはなんというか、疑い深いとかとは違う方向で、僕を遠ざけているような気がするお」

若干の不安を見せる。ギコは首を横に振り、

(,,゚Д゚)「そう早い段階から懸念することはなかろう
    大体だな、発想を転換してみろ、初顔でそれなら、いっそ踏ん切りがついてよいではないか。
    最初から慕われでもすれば、要らぬ父性が目覚めてしまうやも知れぬからな」

図らずも、計画の発案者たる素浪人は喜ばしそうである。

(,,゚Д゚)「この策は貴殿の感情が最大の争点になると前々から考えておったのだが、どうやら無駄骨だったようだ」

( ^ω^)「はあ……そういう、ものなのかお」

内藤にはこうした場面でなんと言っていいやら分からぬ。

(,,゚Д゚)「仮に情が移るとすれば、まだ幼い小娘の命なぞ奪いたくない――という気に至ることだが」

( ^ω^)「それは……大丈夫だお。天と地と、そして誰あろうギコさんに誓うお」

135 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 03:31:38.28 ID:kSch0PMr0
(,,゚Д゚)「ふははは! 頼もしいことよ」

ギコは磊落な笑いを返した。
今宵は昨晩とは違いひどく蒸し暑い。内藤もギコも共に鎖骨に汗が溜まっている。

( ^ω^)「それよりも……だお」

(,,゚Д゚)「む、なんだ?」

( ^ω^)「ギコさんは、どうして……あんな小さな子に対して殺意が芽生えているんだお」

内藤は、帰宅以後ずっとその事柄が頭から離れなかった。
和蘭人であること。失踪した両親。残された娘。一人付き添う使用人兼用心棒。大きな邸宅。裏の畑。町外れ。
どこに動機の種が隠されているのかてんで解らぬ。

(,,゚Д゚)「……それは、まだ言えぬ」

ギコは声の調子を一気に落とした。本当に言いにくそうだった。

(,,゚Д゚)「貴殿の決意が揺らぐかも知れぬ。貴殿の刃が鈍るかも知れぬ。
    先程告げたとおり、この策の肝は――内藤が感情に左右されぬかという一点にあるのだ。
    その妨害になるようなことは今は答えられない」

ギコは口を一文字に結ぶ。

136 名前: ◆zS3MCsRvy2 :2010/07/02(金) 03:33:25.73 ID:kSch0PMr0
( ^ω^)(まあ……そんなふうな答えが返ってくるとは、なんとなく予想していたお)

(,,゚Д゚)「すまぬな」

( ^ω^)「いや……ギコさんの言い分は、もっともだお」

長い沈黙が流れる。やがてギコは尻を浮かせる。

(,,゚Д゚)「俺はそろそろ隣町の宿に戻る――くれぐれも一時の情に棹されるでないぞ」

念を押すようにギコは言の葉を投げかけた。

( ^ω^)「分かってるお」

内藤は首肯する。

とはいえども、本音を吐露してしまえば、確固たる自信があるわけではないのだ。
そのような弱音をギコに吐くことができようか。
もしも漏らしてしまおうものならばギコからの信任は全て失われてしまう。決して初志を曲げてはならぬ。

( ^ω^)(相変わらず……口では何とでも言えるお)

ギコが帰路に就いた今だからこそ、尚更そう強く感じる。

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