( ^ω^)ブーンは退魔師稼業のようです ―――第六話・引導―――

10 名前:退魔師稼業:2007/09/01(土) 22:19:54.74 ID:w1wrBxKq0
第五話・炎の少女・後編〜あらすじ〜

ツンの中に眠る阿修羅は、潜在的に高濃度の魔を垂れ流していた。
長い間夢の中に閉じこもっていたため、夢魔にその魔を嗅ぎ付けられ体を乗っ取られてしまう。
夢の中の物は全て夢魔の物。
しかしツンの夢の中には夢の産物ではない者が一つだけ存在した。

元裏高野退魔師、ブーンである。

ツンに好意を抱き始めていたブーンは激昂し、夢魔を追い詰める。
だが追い詰められた夢魔は阿修羅の力の一片を解放し、ブーンを圧倒し始めた。
万事休すかと思われたとき、不意に夢魔に乗っ取られたツンの動きが止まる。
次の瞬間、夢魔は強制的に体を追い出され、地獄の業火に焼かれた。
夢魔が悪戯に開放した阿修羅の力が、阿修羅そのものを覚醒させてしまったのだ。

その時、現実世界にも阿修羅の炎は染み出していた。
我が身を炎に晒しながら戦うショボン。
それを見てドクオはショボンの凄惨なまでの生きる覚悟を目の当たりにする。
死して全てを終わらせる事より、生きる事の苦しみに耐える事の重大さに気付いたドクオは…

そして阿修羅の炎の前に焦熱地獄と化した夢の中で、ブーンは成す術を失っていた。
蓄積したダメージと熱により朦朧としていたブーンの脳裏に、阿修羅の言葉が浮かぶ。
その時、ブーンは阿修羅に届く唯一の攻撃方法に気付いた。
脳裏に響く師の声。
ブーンが記憶の中から掘り起こした攻撃の手段とは…

14 :第六話:2007/09/01(土) 22:24:12.82 ID:w1wrBxKq0

深夜、男は眠りに付いた町を走っていた。

勤続15年、妻子あり。
社内の評判はそこそこで、あと何年かで課長に昇進できるかもしれない。
趣味は仕事。
だからここ数年、走るという行為は電車かバスに乗り遅れそうな時を除きした記憶が無い。

その男が走る。

数年ぶりに無理やり動かされた筋肉は早くも音を上げ、肺は必要以上に空気を求めている。
運動とは無縁だと一目で分かるバラバラなランニングフォームは、より一層疲労を蓄積させ体力を削る。
しかし今はそれ所ではない。
自分がどれだけ無様でも、明日どれだけひどい筋肉痛に悩まされようともマシに決まっている。




明日そのものが来ない事よりは。


15 :第六話:2007/09/01(土) 22:26:11.02 ID:w1wrBxKq0
男の明日を奪おうとするモノ。

たまたま横を通ったゴミ捨て場を漁る何か。
興味本位にその正体を確認しようとした事がそもそもの間違いだった。
目が合った瞬間脱兎の如く逃げ出したが、同時にこの鬼ごっこの始まりの合図となった。

それは依然として男の後ろから追ってくる。
カサカサとアスファルトを掻くような音を男が走る路地に響かせる。
迷路のような細い路地の壁に地面を掻く音が反響し、ソレとの距離を正確に掴む事は最早出来ない。
路地の角を曲がる。

16 :第六話:2007/09/01(土) 22:28:20.49 ID:w1wrBxKq0


そして目の前に現れる袋小路という絶望。



男は膝から崩れ落ち顔を後ろに向けた。
思っていたより距離はあったのか、追跡者の姿が少し遠くに見えた。
こちらに逃げ道が無い事を向こうも承知しているのか、スピードを落とし、嫌味なほどゆっくりと近づいてくる。

それを見て男は、自分が見たものが犬や猫の見間違いではなかった事を強制的に思い知らされた。
数も合っている。
二匹だ。
二匹の巨大な蜘蛛が迫ってくる。
しかし断じて蜘蛛ではない。

人の頭に足の生えたような、狂った姿の蜘蛛がこの世に存在するはずが無い…

蜘蛛のような何かはさっきゴミ捨て場で生ゴミにしていた事を自分にもするつもりだ。
即ち自分は今から食われる。
夢だと思いたかったが、ここまで走ってきた肉体の疲労と切れた息がコレは現実だと警鐘を鳴らす。
しかし迫り来る人面の蜘蛛にどう対処すればいいのか。

17 :第六話:2007/09/01(土) 22:30:45.92 ID:w1wrBxKq0
捕食者達は一様に顎が外れるほどに口を開け距離を詰める。
大きく開けた口はそのまま耳元まで裂け、食う事のみに特化した器官となっていた。
もう駄目だな。
男はそう思い、この状況で正気を失わない自分を呪った。
その時

?「見つけたぞ!」

辺りに何者かの声が響いた。
自分と2mほどの距離にいる二匹の化け物。
そしてその向こう、10m程離れた路地の角から長いコートを着た若い男が出て来るのが見えた。
食い気が勝っているのか、化け物たちは見向きもしない。
尚も大口を開き自分に迫ってくる。
しかし同時にその男も大股で距離を詰め、自分と化け物の間に割って入った。

救世主はこちらを見てチラリと白い歯を見せ大きく振り返る。
振り返った遠心力でコートはマントのように翻り男の視界を覆った。
その裾には何か金属のようなものが付いているのか、キラキラと月明かりを反射させた。

18 :第六話:2007/09/01(土) 22:32:41.21 ID:w1wrBxKq0
翻ったコートの裾が重力の干渉を受けて下がり、男の視界が開放されたとき、
そこにはつい先程まで自分を捕食しようとしていた二匹の化け物の切り刻まれた死骸が転がっていた。

?「これで4匹、あと1匹か 」

救世主は呟く。
そして男の方には目もくれず立ち去っていった。
すぐそこの角を曲がり姿が見えなくなったとき、男は自分の命が救われたことを悟った。
もう届かないかもしれない。
しかし男は叫ばずにはいられなかった。

男「ありがとうーっ!」

姿を消してしまった救世主に届いただろうか。
恐らく彼はこのような化け物退治を専門にするスペシャリストだろう。
漫画や映画の世界だけの話だと思っていたが、現実に起こると案外すんなりと受け入れられるものだ。
男はそう思った。

彼は今後も命を懸けて人々を化け物から救うのだろう。
礼など求めはしない。
孤独に戦うヒーロー。
彼はそんな男に違いない。

19 :第六話:2007/09/01(土) 22:35:07.77 ID:w1wrBxKq0
そんな設定を脳内で作っていると、さっきの救世主が猛然たるダッシュで帰ってきた。
その手には何かのビラを持っている。
そのビラを押し付けると救世主は言った。

('A`)「ども。自分内藤退魔師事務所のドクオっす。
    常識では説明の付かない現象や化け物に悩まされるようなことがあればここに電話ください。
    指名は『ドクオ』で。『ドックン』でも通じるんでよろしくっす。
    それから言いにくいんすけど… 」

いきなり営業を始める脳内での孤独なヒーローに困惑する男。
よく見ると渡されたビラには蛍光ペンでデカデカと『内藤退魔師事務所・特攻隊長ドクオをよろしく!』と書かれている。
そして脳内設定は次の一言で崩壊する。

(;'A`)「お金が無くて帰れないんで5000円くらい貸してもらえないっすか? 」











23 :第六話:2007/09/01(土) 22:37:26.86 ID:w1wrBxKq0
 休日、昼下がりのバーボンハウス。
 そこには一人寂しく留守番するチンピラの姿があった。
 マスター、ショボンは

(´・ω・`)「ちょっと野暮用があるから大人しく留守番してろチンピラ 」

 と朝から留守にしている。
 バーボンハウスの喋る看板猫、でぃは
∧_∧
(#゚;;-゚)「良い天気じゃな。少々日に当たってくるから大人しく留守番しておれチンピラ 」

 と普通の猫の様な事を言って出て行ったきり戻らない。
 稽古でも付けて貰おうとブーンに近付いたら

(*^ω^)「もしもしツン?今日暇かお?天気も良いし遊園地にでも行かないかお?
      店?大丈夫大丈夫。
      今日はショボンがどっか行ってるしどうせ客なんか来ないお。
      それにウチのチンピラが『俺が大人しく留守番してるからツンと遊んで来い』って。
      え?うんうん。じゃー、11時に駅前のコンビニで。
      チャオだお♪ 」

25 :第六話:2007/09/01(土) 22:38:03.46 ID:w1wrBxKq0
 言った記憶の無い自分セリフを振りかざし、デートを取り付けているところだった。
 ドクオに気付いたブーンは『ビクンッ!』と肩を一度弾ませ、顔に気まずそうな笑みを貼り付けた。
 
 しかしドクオは何も言わず赤マムシを一本ブーンの手に握らせ、親指を立てる。
 ブーンはドクオの友情に咽び泣きながら「今夜は帰らないお 」とお返しのように親指を立て、満面の笑みを浮かべて出て行った。

 確かに今夜は帰らないだろう。
 あの赤マムシには以前ショボンが調合した濃度100倍の下剤が仕込んであるからな。
 病院のベッドの上で苦しみながら夜を明かせ。

 ドクオはニヤリと笑いながらブーンを送り出した。

29 :第六話:2007/09/01(土) 22:39:39.54 ID:w1wrBxKq0



( ^ω^)ブーンは退魔師稼業のようです―――第六話・引導―――




31 :第六話:2007/09/01(土) 22:40:35.68 ID:w1wrBxKq0
('A`)「あー、暇だ 」

 一人残されたドクオは誰に言うでもなく呟いた。
 時刻は既に夕方。
 未だに誰も帰ってこない。
 ショボンはふらっと出掛けたきり、連絡もなく2〜3日留守にすることもあるので今日は戻らないかもしれない。

 ブーンはまだ遊園地だろう。
 この後、二人で夕食に行って『ちょっとトイレだお♪ 』とでも言いながら赤マムシを服用するに違いない。
 ロストチェリーを企むブーンには悪いが、今日のデートはそこでジ・エンド。
 そのまま救急車が呼ばれ入院するからブーンも今夜は戻らない。

 でぃはそろそろ帰って来てもいい頃だと思うが、猫の考える事は良く分からない。
 バーボンハウスに酒を飲みに来る客は今だかつて見たことが無いから、その点に関しては問題ないだろう。
 
 あっちの方の客は…自分一人では手に負えるかどうか判断できないから今日は我慢してもらおう。
 
 となればやることは一つ。

33 :第六話:2007/09/01(土) 22:41:40.77 ID:w1wrBxKq0
 でぃが入ってこれるように小窓を一つだけ少し開ける。
 それ以外はキチンと戸締りをする。
 ガスの元栓、電気、換気扇も問題ない。 
 ウォシュレットの電源も切った。
  
('A`)「うし、じゃ行きますか 」

 皮のロングコートを羽織りバーボンハウスを後にする。
 ドクオがここに転がり込んで早3ヶ月。
 一人の時間が出来たとき、密かに進めてきた依頼人の無い仕事。

 自らのケジメを付ける為。
 
 それは付喪神に肉体を奪われ、化け物となって夜を徘徊する過去の兄弟に尊厳ある死を与える為の退魔業だ。 











35 :第六話:2007/09/01(土) 22:43:01.09 ID:w1wrBxKq0
 弐経路市随一の歓楽街、要人町。
 分かりやすく人と金の集まるこの場所は、当然のようにある特定の『自由業』の方々が幅を利かせる。
 その『自由業』に元々就いていたドクオにとって、この町は庭と言っても過言ではない。

 さらに壊滅した『要人会』唯一の生き残りとして、ドクオは『不死鳥のドックン』だとか『沈黙のドックン』だとか、
 そんな言葉と共に恐れられていた。
 右を向いても左を向いても畏怖の念を込めた視線を向けられるドクオは、軽い快感を感じつつ歓楽街を闊歩していた。

 ふらりと横道に入り、そこから更に裏路地へ。
 日本語以外の言語の看板を掲げる店々の間を縫うように進む。
 怪しい煙を吐きながら徘徊する国籍不明の男を一睨みで追い散らし、目的地である小さな建物のドアを開けた。

从 ゚∀从「いらっしゃい。あんたが来るのは分かってたよん♪ 」

('A`)「マジで?」

从 ゚∀从「ネタにマジレスすんなw」

37 :第六話:2007/09/01(土) 22:43:35.22 ID:w1wrBxKq0
 タロットカードやら水晶玉やらを乗せた小さな机を挟んでドクオとハインは向き合った。

 ハインリッヒ高岡は占い師である。
 スタンダードにタロットや水晶玉や手相で占う事もあれば、
 飲み終わったコーヒーのカスや無作為に千切った葉脈を見て占う事もある。
 ただし的中率はプロ野球の一般的投手の打率よりも低い。

 それでも生活が出来るのは、占いの能力よりハイン自身にコアなファンが付いているからに他ならない。
 余談だが、巫女装束に猫耳尻尾を付けて占う『妄想が現実になるよ占い』のイベントでは、
 熱狂したファンが過呼吸を起こして卒倒し、救急車が数台出る騒ぎになった。

('A`)「あー、アレだ。いつものヤツ頼みたいんだけど 」

从 ゚∀从σ「コレか?」

 右手を卑猥な形にして見せるハイン。

('A`)「バカ言ってんじゃねーぞブス。アッチの方だよ 」

从 ゚∀从σ「だからコレだろ?」 

('A`)「二回目以降は面白くねぇんだよ 」

从 ゚∀从「もぉ!イ・ケ・ズw」

39 :第六話:2007/09/01(土) 22:45:07.68 ID:w1wrBxKq0
 ケラケラと笑うハイン。
 ハインは元々目も大きく顔立ちは整っているし、このように笑うときはあどけなさも表情に現れる。
 決して世間一般的に言われるブスではない。
 しかしドクオにとってそんな事はどうでもいいことだった。
 
从 ゚∀从「もうスッカリあんたも闇と関わりを持っちまったねぇw 」

 ハインの占いは全く当たらない。
 ところがある分野においてはその的中率は100%だった。
 即ち、魔に関する占いは外した事が無い。

 チンピラの頃から付き合いのあるドクオはハインのその才能を知らなかった。
 それを知ったのは、内藤退魔師事務所に入ってすぐの事だった。
 笑い話として魔の話を切り出したとき、ドクオにとって予想外な事にハインは笑い出すこともなく占いを始めた。
 占いが終わったとき、ハインはある場所に行けと言った。
 元が当たらない占い師だ。
 ドクオは半信半疑でそこに行ってみた。
 するとヒルコとなった元子分達と出くわし、戦い方も知らなかった当時のドクオは必死こいて逃げ出したのだった。

41 :第六話:2007/09/01(土) 22:45:59.05 ID:w1wrBxKq0
('A`)「で、ヤッてくれんのか?」

从 ゚∀从「オッケーオッケーwどら、見てみようかねぇ 」

 そう言って何の変哲も無い3枚の100円玉を取り出すハイン。
 魔に関する占いのとき、ハインは必ずコインを使う。
 それを3枚とも右手に乗せ無造作に振った後、机の上に投げ出した。
 表と裏の数をメモする。
 それを5回繰り返した。

 ハインは何かの文献を取り出し、メモした表裏の割合を重ね合わせている。
 文献とメモを交互に睨みながら数分ほど唸り、ようやくハインはドクオの顔を見た。

('A`)「どうだ?最後の一匹、場所は分かったか?」

从 ゚∀从「あー、バッチリだ。
     探しものはココから北北東の方角。
     昼と夜、全く違う二つの顔を持つ場所にいる。
     昼は人の喜びと驚きに満ち溢れ、夜は安らかな静寂に包まれる場所。
     子供達には冒険と明日の夢を…大人達には安らぎと夕べの思い出を… 」

44 :第六話:2007/09/01(土) 22:47:02.49 ID:w1wrBxKq0
('A`)「ココから北北東でそんな場所っつったら…一つしかないな 」

 ハインの占いから得られた記号的情報から、ドクオは場所に見当をつける。
 いつも象徴的な言葉をいくつか提示されるだけだったが、毎回必ず答えに行き着いていた。
 そしてその先には間違いなく目的のものがある。
 
 ドクオは店を出ようとコートを翻した。
 ハインは何も言わずに見送る。

 饒舌なハインにしては不可解だと思ったドクオは、以前その理由を聞いたことがある。
 『旦那の背中を黙って見送る健気な女房の気分を味わっている』だそうだ。
 ドアノブに手をかけたドクオはふと思い出しハインに尋ねた。

('A`)「そう言えばずっとタダで占わせてたな。
    今日の仕事が片付いたら金持ってくるよ。いくらになる?」

 ハインは当然のようにこう答えた。

从 ゚∀从「体で払えw」

46 :第六話:2007/09/01(土) 22:47:22.68 ID:w1wrBxKq0
 微塵の恥じらいもなく言うハインに聞こえるほど大きな溜息をつき、再び出て行こうとするドクオ。
 その背中にハインから別の言葉が投げられた。

从 ゚∀从「気を付けろよ。今回はどーも妙だ。
     あんたの言う最後の一匹に照準を絞って占ったけど、森の中から木を一本探すような感じを受けた。
     お目当ての相手以外にも木が生えてるかもよ?」

 最後の最後で面倒な事になりそうだな。
 ドクオはそう思ったが決して不安ではなかった。
 薄々とではあったが、自らの成長を認識し始めていたからだ。

('A`)「忠告アリガトよ。
    でもそれじゃ、もしかすると払う体が無くなっちまうかもな 」

 少しおどけながら感謝の意を素直に表すドクオ。
 ハインの返事はすぐに返ってきた。

从 ゚∀从「必ず払えw」











48 :第六話:2007/09/01(土) 22:48:26.09 ID:w1wrBxKq0
 弐経路市最大の遊園地『ヘリカルパーク』
 ドクオが見当を付けた場所はココだった。
 道中、猛スピードで走る救急車とすれ違ったが交通事故か何かだろうか。
 だが自分には特に関係ない。

 何度か魔と関わったことで得た独特の感覚。
 その感覚がココで間違いないと告げる。
 日はすっかり落ち、閉園時間も近付いている。
 ドクオは閉園間際に園内に滑り込み、人の気が完全に無くなる深夜まで身を潜めた。

('A`)「さ、お仕事の時間だ 」

 園内のトイレの用具入れから、ドクオはマントの様な皮のロングコートを纏い出てくる。
 時刻は丁度0時。
 警備員の定時の見回りにさえ気を付ければ、邪魔するものは何も無いだろう。

 園内を歩き回りながら鼻で魔の濃度を探る。
 ドクオは魔の気配の最も濃い場所を探した。
 鼻が多少利くようになったとは言え、まだ慣れていないため同じ場所を行ったり来たりする。
 最初は広い範囲を、そして次第にその範囲は狭くなり、最終的にドクオは魔の瘴気の発生源を突き止めた。

50 :第六話:2007/09/01(土) 22:49:12.26 ID:w1wrBxKq0
('A`)「何ともまぁ…皮肉なもんだな 」

 その前に立ったドクオは苦笑いを浮かべた。
 西洋の城の様な造りの巨大な建物。
 しかしその必要以上におどろおどろしく飾られた外観は優美とはかけ離れている。
 それは巨大なお化け屋敷の前に立っていた。
 心霊物の番組で何度か本物の幽霊が出ると紹介される曰く付きのアトラクションだった。

 ドクオはTVで言う幽霊が本当にいるとは露程にも思ってはいない。
 しかし今夜は別の怪奇が間違いなく存在する。

 ドクオはコートの襟元を両手でグッと掴み皺を伸ばした。
 腕を伸ばし、もう片方の腕を伸ばした腕の肘に当て、体に押し付けるようにストレッチする。
 
('A`)「行くぜ…バケモンめ 」

 入り口に手を掛け開けようと力を入れたのと、鍵が閉まってないワケがないという考えが頭に浮かんだのは同時だった。
 見た所、古い一般的な鍵のようだ。
 ドクオはピッキングツールを取り出し、ものの数秒で開錠した。
 スッと中に忍び込み静かに扉を閉める。
 後にはいつも通りに眠る遊園地が残されるだけだった。










52 :第六話:2007/09/01(土) 22:50:04.11 ID:w1wrBxKq0
 ドクオが中に入って最初に目にしたものは地下へと進む石の階段だった。
 両サイドには、このお化け屋敷の当主を模しているのだろう。
 大きな肖像画が掛かっている。
 普段ならこの肖像画が喋りだすなどの鬱陶しいアクションがありそうだが、
 今や園内に電気は通っていないために全く静かなものだ。

 ドクオは視線を前方の地面から逸らさず、僅かな物音さえも逃さぬよう耳を研ぎ澄まし、
 微々たる魔の臭いも嗅ぎ付けられるよう鼻を利かせ、全ての空気の動きを読めるよう皮膚に神経を巡らせた。
 
 墓地のように静まり返ったこの階段を下りる。
 一段降りる度に自分の足音が暗く狭い階段の通路にこだましては前方の闇に溶けていく。
 ドクオは足音に少し遅れて、同じように闇の中へと足を踏み入れた。

 やがて全ての段を降りきる。
 開けた空間が暗がりに姿を現した。
 中央に両脇を柵で仕切られた一本の通路が通っている。
 柵の向こうには大小様々な棺桶が右にも左にも並べられていた。
 ふと部屋の入り口付近のプレートに気付くと、そこには『地下墓所』とあった。
 大方人が通ると突然棺桶の蓋が開き中から腐乱死体の人形が喚きながら出てくるような仕掛けでもあるのだろう。

 まだそんなテンプレートな仕掛けが通用するのか。
 ドクオは嘲笑を浮かべながら地下墓地の中央通路を進んだ。

54 :第六話:2007/09/01(土) 22:51:02.97 ID:w1wrBxKq0
 そして唐突に棺桶の蓋が吹き飛んだ。

(;'A`)「いやぁぁー――――――っ!!!!」

 完全に虚を付かれたドクオは飛び上がり甲高い悲鳴を上げた。
 そして棺桶の中に横たわっていたであろう死体の人形が動き出す。
 電気の通っていない館内でアトラクションが始動するなどありえない。
 つまりこの事態は魔の到来だった。

('A`)「付喪神!人形に取り付いたか!?
    1、2、3……8体。ハインの言ってたのはコレか。
    このお化け屋敷に集まってんのか? 」

 気を取り直し臨戦態勢に入る。
 相手は多数だが、そういう場合の戦い方は要人会が付喪神にやられたときショボンが見せてくれた。
 自分は丁度部屋の中央にいる。
 アトラクション用に配置された8つの棺桶は、客が見易いように等間隔に並べられている。
 そのため8体の悪意ある人形と自分の距離は同じ。
 そして自分に届くのはほぼ同時。

56 :第六話:2007/09/01(土) 22:51:39.35 ID:w1wrBxKq0
 ドクオは腰を深く落としコートの裾を右手で掴む。
 そのまま上体を右に捻り円盤投げ選手が投擲前に取る姿勢を取った。
 体は限界まで捻り、正面だった方向にはドクオの背中が向いている。
 付喪神が取り付いた人形はドクオを中心とする円を描くように配置取り、じわじわとその直径を狭める。
 
('A`)(まだだ…もっと近付いて来い…)

 ドクオは体を捻ったままの姿勢でその時を待つ。
 限界まで捻られ固定される体は、解き放たれるのを待っている。
 そこに弓の弦を引き絞るように更なる力を貯めるドクオ。

 低い姿勢のドクオの視界には、人形達の足を正面に見据えている。
 それが目前に迫る。
 人形達が一斉に腕を振り上げドクオの頭に振り下ろそうとしたその時、ドクオは引き絞った力を一気に解放した。

 貯めた力を全て自身の回転運動に変え、それに従う右手でコートの裾を振るう。
 コートの裾には無数の小さな刃が鋸状に仕込まれており、軌道上にあるものは全て切り裂かれる運命にある。

 低い姿勢から次第に重心を上げながら2回、3回、4回と回転する。
 それに伴い、回転軸から生まれる扇形の刃の軌道は上階への螺旋階段となる。

58 :第六話:2007/09/01(土) 22:52:51.56 ID:w1wrBxKq0
 そして螺旋階段はドクオの回転の停止と共に唐突に消える。

('A`)「ふぅぅぅぅ…」

 吸い込んだまま止めていた呼吸を一気に吐き出す。
 その眼前にはバラバラに切り裂かれた人形達が散乱していた。
 最早動く事は適わない。

 しかし動くものがそこに存在する。
 先に目玉のある無数の触手を持った、芋虫のようなグロテスクな何か。
 役に立たない宿主を捨て、新たな取り憑き先を求める付喪神の本体だった。
 逃げ惑う8匹の付喪神の全てを踏み潰す。

 その作業が終わると、ドクオは納得がいかないかのように一つだけ言葉を残しその場を後にした。

('A`)「やっぱりショボンのようにはいかねぇな。こりゃ難しいわ 」









61 :第六話:2007/09/01(土) 22:54:14.60 ID:w1wrBxKq0
 ドクオは次の部屋に訪れた。
 古い油の臭いが鼻に付くこの部屋は、赤い夜間照明によって闇に暗く浮かび上がる。
 その赤く暗い照明は光による油絵の具の劣化を防ぐための物。
 
 そこはギャラリーを模した部屋だった。
 創設者の拘りか、その場の絵画は全て油絵で描かれている。
 ここにも入り口で見た屋敷の主人らしい肖像画がデカデカと掲げてあった。
 入った時は気にも留めなかったが、その30代程度の主人の顔はよく見るとどこか見覚えがあった。
 しかし、今はそんな事を気にするより成すべきことがある。

 ここは数々の美術品を置くギャラリーである。
 美術品にカテゴライズされる物は当然絵画だけではなく、西洋の鎧や彫刻、
 本物かどうかは知らないが日本の刀なども置かれている。

 付喪神とは本来古くなった道具に命が宿り妖怪となったもの。
 そしてここには迷惑な事に、そういった古い道具類が多数置いてあるわけで……

63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/01(土) 22:55:25.63 ID:w1wrBxKq0
('A`)「お出でなすったか……ぅおっと! 」

 鞘に収められていたはずの刀が、白刃を顕にしてドクオ目掛けて飛んできた。
 尋常ならざるスピードでの不意打ちだったが、難なくかわされた生きる刀は勢いのまま壁に突き刺さった。
 それを確認してドクオはギャラリー内に目をくれる。

('A`)「今日のオレはモテモテだな。それにしても本命はどこかね…」

 視線の先、そこには命と悪意を持った美術品達が蠢いていた。
 大剣を掲げる騎士鎧、石膏で出来た筋骨隆々とした彫像、巨大な縦の楕円形をした何処かの原住民の仮面。
 最もドクオが気に入ったのは、三つの頭を持つ犬の石造だった。
 その全てが、付喪神に突き動かされ闇を照らす赤い照明の中ドクオに殺意を向けている。
 
 三つの首を持つ彫刻の犬が、牙を剥く。
 声帯が無いため何も聞こえないが、恐らく吼えているのだろう。

65 :第六話:2007/09/01(土) 22:56:12.42 ID:w1wrBxKq0
 ドクオはそれに一直線に走り寄り、三つの頭の内の一つを踏み付けた。
 それを踏み台に更に前方へ跳躍。
 犬の頭の一つは、その時粉砕される。

 ドクオは空中でコートの裾を掴み、騎士鎧に飛び掛る。
 交錯した瞬間、振り抜かれたドクオの右手の軌道に沿って鉄の鎧が切り裂かれた。
 コートの裾に仕込まれた連続刃は、鋸の様に対象を引き切る。
 それが金属でも例外ではない。

 その状態から、振り切った右手をバックブローの要領で反対側に振る。 
 そこにはドクオを襲うために待ち構えていた彫刻が、左下から右上にかけて逆袈裟に切られていた。

69 :第六話:2007/09/01(土) 22:57:15.53 ID:w1wrBxKq0
('A`)「やっぱりな。ショボンの真似よりこっちの方がオレには…」

 瞬発力を最大限に駆使し再び一直線に失踪する。
 8体の人形を倒した円の攻撃とは一線を画す。
 槍のように一直線。

 そこには次の邪悪な美術品達が待ち構える。
 一呼吸でその集団の後方に走りぬけ、両足を踏ん張ってで急ブレーキ。
 息も付かずに再び他方に直進する後ろで、既に切り裂かれていた対象が崩れ落ちた。
 その音を背後に聞きながらドクオは吼える。

('A`)「向いてる!」











73 :第六話:2007/09/01(土) 22:58:10.08 ID:w1wrBxKq0
 最後の部屋は巨大なホールだった。
 一目で分かる豪華な部屋。
 必要以上に無理やり飾られた部屋ではない。
 オーダーやアーチがそこかしこに存在する室内。
 それは絵画や天井から釣り下がる大きな房飾りを持つシャンデリア、
 暖かな木彫の家具も総動員して一つの芸術品のようだった。

 ドクオはここがお化け屋敷だった事を思い出し、溜息を付く。
 ここの創設者は何を考えてこのような優雅な部屋を作ったのか。
 どう考えてもお化け屋敷の範疇ではない。

 ここまでいくつかの部屋を駆け抜けてきたドクオ。
 地下墓地や美術品ギャラリーに続き、中庭、バルコニー、
 主人の部屋に続き、何故か和式の便器が並ぶトイレや病室を巡ってきた。
 
 その全てで何らかの襲撃を受け、そして悉く蹴散らした。
 襲ってくる何か達を躊躇なく切り裂いてきたドクオだったが、途中からある疑問を持っていた。
 『もしかするとコレ全部すっごく高いんじゃ?』
 深く考えると決意が鈍りそうになったが、ぶるぶると顔を振り思考の外に追いやった。

77 :第六話:2007/09/01(土) 22:59:08.83 ID:w1wrBxKq0
 ここには今までのように襲ってくる有象無象はいない。
 しかしドクオの大本命、ヒルコとなった元子分とは出会っていない。
 
('A`)「打ち止め、か…いや居るな。
    出て来いよ 」

 姿を隠してもその粘る様な視線は隠せない。
 ドクオはホールの奥の暗がりに向かって声を発した。

 そこから何かが飛び出してくる。
 バスケットボール程度の大きさの黒い何か。
 足元に転がるそれをドクオは認識する。
 
 それは留置場で首だけが行方不明になっていた、元子分の頭部だった。
 口は耳まで裂け、頭のあちこちにはそこから足が生えていたのであろう、合計8つの穴が開いていた。
 哀れな姿になりながらも、ようやく付喪神から開放されたその男の冥福をドクオは祈る。
 そして再びホールの奥を見た。
 
 コレは自分で飛び出したんじゃない…
 何かに投げられたんだ…

79 :第六話:2007/09/01(土) 22:59:44.96 ID:w1wrBxKq0
('A`)「へぇ…いい家見つけたじゃねぇか…」

 ドクオは視線の先から出てきた元人間に言う。
 正確にはその脳に取り憑き体を支配している付喪神にだ。
 ドクオは付喪神の宿主に注目する。

 2m近い巨漢。
 黒く焼け付いた肌は長年戸外で働く肉体労働者特有のものだ。
 それを証明するかのように太い両腕の先には節くれだった大きな手が付いている。
 隆々とした筋肉を持つ2mの巨体はただでさえ驚異的なポテンシャルを持つ。
 それが付喪神によって無慈悲なまでに全てのリミットが外される。
 
 しかしその男は付喪神に取り憑かれた人間にはない特徴を持っていた。
 その目だ。
 付喪神の宿主となった人間は、総じて焦点の合わない朦朧とした目をしている。
 理性や良心のような人間的な感情は全て損なわれ、抑えがたい破壊衝動に肉体が朽ちるまで突き動かされる運命だ。
 その男は意思を持った目で真っ直ぐに自分を見つめていた。

( ゚∋゚)「・・・・・・」

81 :第六話:2007/09/01(土) 23:00:41.82 ID:w1wrBxKq0
 ブーンに聞いた話ではあるが、ドクオはそのような例外を一人だけ知っている。

 自分が過去所属していた弐経路要人会会長、コッチミルナ。

 その邪悪な野望と付喪神の邪悪な意思がシンクロして共存を図った。
 小柄な男だったミルナは、付喪神によって体中の筋肉を膨張させた巨人となり、
 その丸太のような双腕の暴力は一撃必殺だったと聞いている。
 
 しかし始めから巨人と言っても差し支えないこの男。
 どんな変身を見せるのか。
 ドクオは何も言わない相手と睨み合うが、このままでは埒があかないと声を出した。

('A`)「オレの言葉が分かるか?」

 男は声を出さずただ頷いた。
 コミュニケーションが取れる。
 つまり思った通り付喪神が共存を選んでいる。
 続けて足元に転がる人間の首を指差し問いかける。

('A`)「この中に居たヤツか?」

 再度男は頷く。
 そしてドクオは言う。

83 :第六話:2007/09/01(土) 23:01:41.84 ID:w1wrBxKq0
('A`)「最後の質問だ。お前付喪神に取り憑かれる前は何してた?」

 その質問に、初めて目の前の大男が頷く以外の意思表示を見せた。
 思ったより優しい声をしている。
 ドクオの印象はこうだった。
 しかし紡ぎ出されるその話は優し気とはかけ離れている。
 
( ゚∋゚)「人を殺して…千切って並べて眺めてた。…たまに食った 」

 あまり分からないが、そこには喜びの意が込められている。
 ドクオはこの男に恨みはないが、子分を乗っ取った付喪神の新たな宿主に選んだ以上、倒すべき相手として見ていた。
 そしてこの言葉で認識を改める。
 
 この男は……殺すべき相手だ。

('A`)「オーケー。コレも何かの縁だ。
    引導を渡してやるよ 」

 ドクオはコートの裾を持ち上げる。
 ひらひらと舞わせる様子はマタドールを髣髴とさせる。

85 :第六話:2007/09/01(土) 23:02:28.79 ID:w1wrBxKq0
( ゚∋゚)「肉を引き千切るとき、脂肪がプチプチ弾けるんだ。
     そこに指先を突っ込む感触は癖になる。
     脂肪の膜を突き破ったらいよいよ筋肉だ。
     筋の方向に力を入れると綺麗にさk…」

('A`)「あぁ、そこまでだ。
    オレの人生において、そんなモン糞の役にも立ちゃしねぇ 」

 嬉しそうに垂れる男の講釈を強制的に中断する。
 男はそれが気に触ったのかドクオを見てこう言った。

( ゚∋゚)「お前の肉はどんな色なんだろう?
     綺麗な色だったら…」

 瞬間、男の体中の筋肉という筋肉が膨張する。
 見る見るうちに小山のようになった男が着ていた物は、
 膨張に耐えられず内側から引き裂かれ、僅かな布を残して床に落ちる。
 
( ゚∋゚)「食ってやるよ!」

88 :第六話:2007/09/01(土) 23:02:55.22 ID:w1wrBxKq0
 元々見上げるような巨躯だった男が、高い天井を擦りながら猛突進してくる。
 それはさながら小さな小屋が突進してくるかのようだ。
 その質量と筋力は一歩進むごとに足を踏み出した床を破砕し、強烈な振動を起こす。
 迫ってくる巨人に対し、ドクオはここぞとばかりに言葉を発した。

('A`)「化け物め!切り刻んでやる!」

 ドクオが足を付けていたその場所が巨人の片腕が貫かれる。
 それをドクオは真上から見下ろす。
 ドクオは自らを突き刺そうと迫り来る右腕を、寸での所で真上に跳躍して回避していた。

 眼下には突進の勢い余って前のめりになっている巨人の巨躯。
 それを視認しながらドクオは重力に身を任す。
 同時に空中で体を捻り落下と共に勢い良く逆に捻り返す。
 体幹を軸に鋭く振り回されたドクオの右手。
 コートに仕込まれた幾百の刃がそれに追従する。
 
 ドクオが着地した数瞬後、別の何かが床に落ちる音が響く。
 液体が地面を叩く音を耳にしながら、ドクオはそれを確認し跳躍。
 距離を大きく開きニヤリと口元を歪めた頃、床に落ちる血液の音は、耳を劈く巨人の悲鳴で掻き消されていた。

91 :第六話:2007/09/01(土) 23:03:25.97 ID:w1wrBxKq0
('A`)「そんな体になっても痛みは感じるのか?」

 ドクオは挑発するように言う。
 身を震わす大音量の叫び声を上げ続ける巨人は、右腕を肩口から失っていた。
 左手で落ちた右腕のあった場所を抑えるも、心臓の鼓動はそこに血液を送る事を止めない。
 巨人はその原因を作ったドクオに怒れる視線を向けた。

(#゚∋゚)「き…さま!亜wせdrftgyふじこlp!!!!」

 何を言っているのかは最早分からない。
 獣の彷徨のような荒々しい声。
 巨人は噴出す血飛沫に構うことなく再びドクオに迫り来る。
 残った左手が人を殺して余りある狂激を繰り出す。
 野生の猪を思わせる荒々しい突撃。
 獅子奮迅の攻撃。

 その攻撃を繰り出した左手が……

              ……空を舞う。



95 :第六話:2007/09/01(土) 23:04:51.99 ID:w1wrBxKq0
(#゚∋゚)「……っ!!……っ!!」

 相当に痛いのだろう。
 巨人は目を見開き顔を歪めた。
 剥き出しにした犬歯は獣の威嚇に似て、そして笑っているようにも見える。
 
('A`)「両腕が無くなったぜ?次はどうする?噛み付くか?」

 ドクオは余裕だった。
 かつて恐怖に萎縮し何も出来なかった付喪神を相手にして自分は圧倒している。
 数々の道具に取り付いた付喪神の群れ。
 ドクオは傷を負うこともなく単身蹴散らした。
 付喪神とリンクし、身体能力を極限以上にまで引き出された怪物。
 完封ペースだ。

97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/01(土) 23:05:24.07 ID:w1wrBxKq0
 自らの成長を自覚し、戦闘中に関わらず口元が緩む。

 そして目の前に火花が散った。
 景色が横向きに吹っ飛ぶ。

 壁面に盛大に激突して吹き飛んだのは自分の方だった事を認識する。

 自分と一緒に吹き飛んだ数々の物から這い出し、ドクオはその原因の正体を見た。

 さっきまで自分が足を付けていた真上。
 自分の頭があった高さに浮いていた。

 切り落としたはずの、巨人の右腕が。

99 :第六話:2007/09/01(土) 23:06:03.33 ID:w1wrBxKq0
(#゚∋゚)「うるぉぉぉぉぉぉぉあっ!!」

 噴き出して止まない怒りを治める事無く咆哮を上げる。
 燐が灯ったかのように爛々と光る双眸がドクオを見据える。
 そしてたった今切り落とした左腕が宙に浮く。
 
 両腕を失った怒れる巨人。
 手負いの獣に加えて、2つの豪腕。
 巨人本体は地に足を付け平面的な突進。
 対して2本の腕は中空を舞い立体的に迫る。
 
 ドクオはその両方に意識を向けなければならなかった。
 本体に注意しすぎれば右腕が迫る。
 右腕に意識しすぎれば本体に踏み潰される。
 そして左腕も交えての同時多角攻撃。

 ドクオは両腕を切り落とした事で、逆に窮地に追い込まれた。

 しかしドクオは笑う。
 
('A`)「だよ……な!
    せっかくの見せ場だ。
    簡単に行き過ぎちゃ……いけねぇや!」

102 :第六話:2007/09/01(土) 23:06:25.25 ID:w1wrBxKq0
 ドクオは軽く真上に飛び、自分がいた場所を破壊した左腕を踏みつけ更に飛ぶ。
 しかしそれに追いつく巨人の右腕。
 その拳が鳩尾に突き刺さる。
 口中にすっぱい胃液が込み上がるが、空中を舞いながら強引に飲み込む。

 自分が吹っ飛ぶ先を見ると本体が大口を開けて待っている。
 ドクオは左手一本を突き出して巨人の額に着地し、勢いに任せて巨人の後方に飛び出す。
 
(#'A`)「うるぁぁぁっ!!」

 着地と同時にコートを振るう。
 コートの刃は巨人の脹脛を裂く。
 血飛沫と巨人の悲鳴が飛び散るその場を飛び退く。

 この時ドクオは目にした。
 傷口に蠢く夥しい数の付喪神を。

104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/01(土) 23:06:59.99 ID:w1wrBxKq0
('A`)「ナルホドね。体中が既に半端ねぇ数の付喪神の巣ってワケか。
    落とした腕はそん中の付喪神に操られてたってカラクリだな 」

 部屋の隅に陣取る。
 死角から攻撃される1対他の現状を、前方のみに絞るために飛び込んだ。
 しかしこの場所は裏を返せば自分の逃げ場もない。

 背水の陣を敷き、自らに活を入れるドクオ。
 
 足を切られ身を沈めていた本体は起き上がり、両腕と共に距離を詰める。
 痛みはあっても付喪神が体を休める事を許さない。
 一歩進む度にスプリンクラーのように血を後方に噴出し、苦痛に顔を歪めながら巨人は距離を詰める。
 両腕もその中に取り残された血液を垂れ流しながら、ドクオに掴みかかろうと掌を開く。

 しかしその全てを一目で見据えられる状態に持ってきた。
 数以外では状況は5分と5分。
 ここで1分でも優位に立てば勝てる。
 それならばその1分を足せばいい。

108 :第六話:2007/09/01(土) 23:08:02.55 ID:w1wrBxKq0
('A`)「仕方ない。これ疲れるんだがな…」

 ドクオはコートの内側に無造作に手を突っ込み、数枚の護符を引っ張り出した。
 『不動守護』と書かれたその護符。
 それを丸めて迫り来る右腕に投げつけた。
 開いた掌に異物が触れた右手は反射的に拳を握る。
 
 その瞬間、真っ赤な炎が右腕全体を飲み込んだ。
 炎の点火と共に宙にあった右腕は床に落ち、潰された蛇のようにのた打ち回る。

 それを確認する事もなく左腕に飛び掛るドクオ。

 振りかぶっていた右手とコートを一気に引き、巨人の左腕は血を吹く。
 そのまだ暖かい血飛沫を浴びながら傷口に護符をねじ込む。
 左腕は右腕と同じ運命を辿った。

110 :第六話:2007/09/01(土) 23:08:31.88 ID:w1wrBxKq0
 その時、ドクオは自身の右腕に激痛を感じる。
 同時に大きく後ろに振り切られたドクオは、自分の右腕に巨人本体の顎が食い込んでいるのを視認した。
 巨人はこのまま強靭な顎と背筋力に物を言わせドクオの体を人形のように振り回そうとする。

 しかし、電気が弾ける様な『バチッ!』という短い破裂音と共に、唐突に巨人は閉めた顎を開けた。
 加速が付いたドクオの体は支えを失い、そのまま投げ出される。

 ドクオが護符を取り出してからここまで約10秒。
 その10秒の間に巨人は両腕を失い、ドクオは右腕を負傷した。

 ドクオはその負傷した右腕を見る。

 皮製のコートを突き破り、肉に達した巨人の歯。
 ドクオの右手に粘着度のある暖かい液体が伝う。

 しかしドクオの注意を引いたのは、破れたコートから飛び出している紙の札だった。

113 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/01(土) 23:09:47.26 ID:w1wrBxKq0
('A`)「ショボンの野郎。
    こんなもん仕込んでやがったかw 」

 ドクオは見飽きるほどに何時もショボンが使う守り札を見て笑った。
 巨人が噛み付いた自分の腕を急に離したのは、この札の神気に触れたからだろう。
 孤独に戦っていると思い込んでいた中、突然訪れた仲間の助力。

 思えば『不動守護』の札。
 これも『いざと言うときの為に』とブーンが書いてくれた、不動明王火炎呪を仕込んだ法力の手榴弾のようなものだ。

 想像以上に力が沸々と涌くのを感じる。
 ドクオは右腕の痛みを意識の外に強制追放し、今の状況を再確認する。

 空中を舞っていた巨人の2本の腕は、両方ともそこで黒焦げになっている。
 もう動く事はないだろう。
 残された本体は……

(#゚∋゚)「うぼdhんbgwy!!」
 
 元気いっぱいに怒りを振りまいている。

115 :第六話:2007/09/01(土) 23:10:19.67 ID:w1wrBxKq0
 ショボンの守り札に弾かれたその口は、歯が吹き飛び頬の肉は裂け、血をだらだらと滴らせている。
 そして半分飛び出した目は自分から目を逸らさない。
 巨人の本体自体の脅威は変わらないようだ。

 対して自分は、利き腕である右手に食い付かれ、後遺症が残る程ではないだろうが今は握力が失せてしまっている。
 この戦いではもう当てには出来ない。
 コートの刃を振るうことも、不動守護の札をナイスコントロールで投げつける事も難しい。

 頼れるのは左手。
 
(#゚∋゚)「ぼsんしhdskbsdk!!」

 そこまで確認したところで巨人がの突進が始まる。
 両腕を失った巨人は、それでバランスを取っているのか上体を前へ後ろへと振りながら走る。
 最早何を言っているのか理解できないその言動から察するに、巨人が失ったのは両腕だけではないようだ。

 ドクオはそれを棒立ちのまま見据える。
 右半身を前に、左手をコートの内側に忍び込ませて。

 突進が遂に目前に迫る。

 巨人は突進の勢いそのまま、大きく仰け反って口を開ける。
 そして腹筋のバネを一気に縮め、顔面をドクオに振り下ろした。
 口を開けてはいるが、食うと言うより叩き潰すのが目的のような速度だ。

 巨人の頭部は床に食い込んだ。
 触れたものを全て打ち砕いて。

118 :第六話:2007/09/01(土) 23:10:54.16 ID:w1wrBxKq0
 しかし食い込んだ頭部に着地する者が一人。
 ドクオだった。

 攻撃手段は頭だけ。
 しかも弓なりに仰け反っていてはどのような攻撃が来るのか容易に想像が付く。
 その一撃にどれだけの威力があったとしても、避けられてしまえば何の意味もなさない。
 
 ドクオはコートの内側から左手を出す。
 その手には短い刀が握られていた。
 
('A`)「男はなぁ、大事な一本は最後まで取っとくもんだぜ?」

 巨人の後頭部の上で膝を曲げ、刀を持った左腕を振り上げる。
 振り上げられた刀がその場で怪しく光った。
 紫の光は陽炎のように揺らめき刀身に纏わり付く。

 『早くオレを振り下ろせ!』

 刀がそう望んでいるように光の陽炎が禍々しく揺らぐ。

('A`)「…じゃぁな 」

 ドクオは刀を巨人の後頭部に突き立てた。

121 :第六話:2007/09/01(土) 23:11:50.62 ID:w1wrBxKq0
 刀の名は『骨喰いの小太刀』。
 元々はショボンが振るう妖刀『百足丸』と一対の刀だった。
 
 平安末期、寝所に夜毎出現し天皇を悩ませた妖獣『鵺』。
 それを退治した源頼政が朝廷から拝領した最強の退魔の剣『百足丸』。
 
 それと対成す必殺の小太刀を突き立てられた巨人の中で、妖刀の魔が猛威を振るう。
 
 体内の付喪神を食い尽くすかのように隅々を巡る骨喰いの妖力。
 突然現れた侵略者に、巨人に巣食っていた付喪神は悉く食い荒らされた。
 後に残ったのは元の大きさに戻った宿主の腕の無い死体。

 そしてフラつき、倒れ込むドクオ。

('A`)(少し……食われたか……。全く、扱いにくい刀だ )

 しかしその顔には笑みを浮かべていた。
  









123 :第六話:2007/09/01(土) 23:12:38.30 ID:w1wrBxKq0
(´・ω・`)「テメェ、これは一体どういう了見だ?」

 次の日のバーボンハウス。
 大量の請求書を手にしたショボンの前で一人のチンピラが土下座していた。

(;'A`)「いや……あの、ちょっと……」

(´・ω・`)「はっきり喋れこのチンピラが。ぶち殺すぞ?」

 表情を崩さないままに禍々しいオーラを放つショボン。
 このままでは本当にぶち殺され兼ねない。
 しかし勝手に自分が退魔行を行っていたなど知れようものなら同じ運命を辿る事になる。
 ドクオはショボンの神経を逆撫でしないよう言葉を慎重に選ぶ。

('A`)「オレはブーンとショボンには感謝してるぜ?
    突然転がり込んできたオレを迎え入れてくれて、稽古まで付けてくれて…」

 最初のチョイスは感謝の言葉だ。
 少しだけ目を伏せながら喋るのがミソだ。
 感謝されて嫌な気持ちのする人間はいない。
 我ながらいい滑り出しだ。

125 :第六話:2007/09/01(土) 23:13:18.84 ID:w1wrBxKq0
(´・ω・`)「誤魔化すんじゃねぇよ。ぶち殺すぞ? 」

 しかしショボンには効かなかった。
 ドクオは自分のチョイスミスに焦る。
 滝のような汗を流しながら次の言葉を脳内で検索する。
 早くしなければ命を失う事になる。

(;'A`)「え…と、その!つまりオレは最近成長してるなとか思ってるわけで!
     それはお前達のおかげなワケで!」

(´・ω・`)「で?
      そろそろ本題に入るかオレの『アレ』を頂戴するか選んでくれないか?」

130 :第六話:2007/09/01(土) 23:14:07.25 ID:w1wrBxKq0
 残された時間は少ない。
 ショボンは早くも立ち上がり『アレ』の準備を始めている。
 着々と目の前に積み上げられていく『アレ』の道具達にドクオは恐怖した。
 お茶を濁してなどいられない。
 一刻も早く真実を語らなければ!

(;'A`)「じ、実は……!」











133 :第六話:2007/09/01(土) 23:14:35.87 ID:w1wrBxKq0
(´・ω・`)「ほぅ……付喪神にやられた昔の仲間の仇を討つためにシコシコとやってたわけか。
      オレ達に 一 言 の 断 り も 無 く 
      そしてついに昨日の晩にそれが全て終わったと 」

(;'A`)「はい……その通りです(知ってたくせに )」

 額を地面に擦り付けたまま返答するドクオ。
 自分の後頭部にはショボンの刺すような視線が絶えず降り注いでいる。
 面を上げる事は未だに許されていない。

 ショボンが立ち上がったのを感じる。
   
 ドクオは身を硬くした。
 今から自分の命は(ある意味)終わる……
 そう思って目を強く瞑った。
 
 しかしいつまで経っても何も起こらない。
 恐る恐る顔を上げたドクオが見たのは、ショボンが『アレ』の道具を片付けているところだった。

(;'A`)(助かった……のか?)

135 :第六話:2007/09/01(土) 23:15:00.02 ID:w1wrBxKq0
 最後の道具を片付けたショボンを見て密かに思うドクオ。
 ショボンはドクオの側にしゃがみこみ、手を肩に置いて言った。

(´・ω・`)「独断行動は褒められたものじゃない。  
      一人のときに何かあったらどうするんだ?」
 
 思いの他、優しい声音を向けられてドクオは拍子抜けした。
 ショボンは続ける。

(´・ω・`)「いいか?君は確かに強くなった。しかしまだ駆け出しだ。
      時には何100年も生きた魔と対峙する事すらあるんだ。
      退魔師暦数ヶ月の君では手に負えない場合も有り得るのは分かるだろう?」

(;'∀`)(これは…?)

140 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします。:2007/09/01(土) 23:16:09.96 ID:w1wrBxKq0
 助かった。
 ドクオはそう思った。
 更にショボンは続ける。

(´・ω・`)b「しかし一人で複数の付喪神を片付けたのか。
       やったな、ドクオ! 」

 完全に救われた。
 ドクオは力が抜けた。
 そしてショボンに認められた。
 それが何よりも嬉しかった。

('∀`)「ショボン!」

 満面の笑みを浮かべ飛びつこうとした。
 しかしショボンの手に握られている物を見て止まる。

142 :第六話:2007/09/01(土) 23:16:49.09 ID:w1wrBxKq0
(´・ω・`)つT「だがお化け屋敷の修理代。
        これは許さん。ケジメつけてやる 」

 T字の剃刀を手に迫ってくるショボン。

(´・ω・`)つT「サヨナラはすんだか?
        自分の眉毛に?」

(;A;)「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ドクオの悲鳴がバーボンハウスに響いた。

 ちなみにブーンはまだ帰っていない。

 強烈な下剤による急性脱水症状で入院している。
 そうツンから連絡があったのはそれからしばらくしてだった。

144 :第六話:2007/09/01(土) 23:17:28.46 ID:w1wrBxKq0


( ^ω^)ブーンは退魔師稼業のようです―――第六話・引導―――終


从 ;∀从「アッハッハッハッハ!!wwなんだその顔は!?www」

(・A・)「・・・・・・」



147 :第六話・元ネタ:2007/09/01(土) 23:18:01.30 ID:w1wrBxKq0
元ネタ解説
ドクオのコート:
KOFのゼロw

骨喰いの小太刀・妖刀百足丸:
元ネタ『孔雀王』17巻、王仁丸退魔録より。
平安時代末期、源頼政が鵺を退治して天皇から褒美として受け取った退魔の刀。
百足丸は別名 獅子王。


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