第36話「新手の妨害者」
- 2 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:30:45 ID:.JjyiNM60
- ジョルジュ感染から続いた一連の騒動は、指導者の交代を持って一旦終幕となった。
モナー・ヴァンヘイレン総統率いる独裁政治の誕生は、数日経った今でも市民の話題の中心となっている。
セカンドはここにやってくる。と、B00N-D1は市民に危機を促し。
今必要なのは協力と団結だ。と、ツン・ディレイクは競合の不要を指摘し。
奴等に反撃する時だ。と、最後にモナー・ヴァンヘイレンが市民を奮起させた。
あの時、あの場所は、特異な雰囲気に包まれていたと言えよう。
モナー・ヴァンヘイレンは意外にも指導者として相応しい演説を行った。
まるで100年前から語り継がれるナチスのヒトラーのようだった。
と、パンデミックを生きながらえた老いた政治ジャーナリストは、そのように評価した。
とはいえ、『セントラル』で生きる誰もがセカンドを恐れているのに変わりは無い。
モナー・ヴァンヘイレンが軍事政治に市民を賛同させたのは事実だが、
指導者交代前の就業を鑑みれば、彼の軍備中心の施政が困難な道のりとなるのは明白である。
セカンドと戦う事を選択する市民は確かに存在する。
しかし、その殆どはバックアップという建前で兵器開発関係の職に就くのだ。
実際に地上で奴等を狩ろうとしたり調査に乗り出したりする者は5%に満たず、
大半数は地下都市から離れようとしないのが現状である。
それどころか市民の7割以上が、兵器開発関係の職に就こうともしない。
何故か。
とある学者の分析と指摘を拝借すれば、
“『セントラル』という街そのものに高い依存性がある”、という原因に帰結するだろう。
- 3 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:33:16 ID:.JjyiNM60
- 現在B00N-D1のようにハンター業を営む者を含め、市民がセカンドの恐ろしさを体感したのは5、6年も前の事だ。
だが、時間で忘れられるような失恋とは違う。
セカンドウィルス・パンデミックとは、そんな生易しい物ではなかった。
当時から心的外傷後ストレスを引きずる者は少なくない。
それに今も尚、数キロメートル上の地上で死病が出歩いているのだ。
今になって精神疾患を患う者は多いし、先日のボストンからの襲撃を鑑みれば患者の増加は大いに考えられる。
これが死病と呼べるセカンドウィルスと密接する人類最後の砦の現状である。
実際ホライゾン・ナイトウとツン・ディレイクもASD(急性ストレス障害)と診断されている。
彼等は憎しみが原動力となり戦いに身を投じているが、患者としては珍しいケースなのである。
何の障害も患わず戦う者といえば、よっぽどのバカか、サイコだ。
あるいは兵器に対する慢心を持った者であろう。
こと、慢心に関してはジョルジュ・ジグラードがそうだった。
彼はバトルスーツの性能を過信するあまり、ウィルス感染という最悪の結末を辿った。
結果として感染後の治療法の足がかりともなったが、それを賛美されたのは回数は両手で足りえる程度だ。
市民の生む世論としては、やはり前者の「バカ」の方が遥かに目立っていた。
「やはり戦いなんて挑むべきではない。不透明な治療法など当てに出来ない」。
という具合に、市民は特別驚きもせず夕飯の液体化食料を啜っていた。これが現実だ。
- 4 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:34:57 ID:.JjyiNM60
-
さて、『セントラル』には依存心を作る中毒性が秘められているという話だが、
そう指摘した学者が目をつけたのも、実は心的外傷ストレス障害であった。
そもそも心的外傷ストレス障害――PTSDとは、大まかに3つにカテゴリされる症状だ。
1、精神的不安定による不安、不眠などの過覚醒症状。
2、トラウマの原因になった障害、関連する事物に対しての回避傾向。
3、事故・事件・犯罪の目撃体験等の一部や、全体に関わる追体験(フラッシュバック)
この3つは、簡略すれば市民の多くが全てに当てはまると言えるが、
『セントラル』と深い相関があるのは項目の2である。
つまり、パンデミック後の記憶の想起の回避・忘却する傾向、幸福感の喪失、
物事に対する興味・関心の減退、そして特に顕著であるのは「建設的な未来像の喪失」、という症状だ。
セカンドなどに立ち向かえるはずがない。
奴等の仲間になるか餌になるかして人類は淘汰される。
そうと決まれば今を謳歌しようではないか……患者の心情を具体的に述べれば、こんなところだろう。
この街の英雄であり指導者であった荒巻スカルチノフはPTSDと診断こそされなかったが、
彼もまた胸の内に「恐れ」を抱いていたのかもしれない。
優先的な『セントラル』都市開発は、もしかすると、
彼の「恐れ」が捻じ曲がった方向へ未来建設を進めてしまったと考えられるからだ。
- 5 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:36:49 ID:.JjyiNM60
- 真相はどうあれ、多くの市民が荒巻スカルチノフを支持してやまなかったのは、無理もない話だった。
行き場のない感情の掃け口、覆せない現実からの逃避を、
娯楽に、酒に、人に、そして薬にまで縋り求めたく、『セントラル』は急成長したのだから。
これにB00N-D1の躍起なまでの報復行動が加わって、市民の危機意識は更に低下した。
彼の活躍がニュース報道や彼の本を通じ、市民を勇気付けては希望を見せたのは事実だ。
同時に「彼が代わりにやってくれる」という依存心も植えつけてしまったのである。
確かに、先日の襲撃騒動の発端はチーム・ディレイクである。
先日演説台で自白したブーンは勿論、ツン・ディレイクも辛い自責を感じている。
その一方でツンは同等の憤りも感じるのだ。
戦いもせず、遊び暮らしたいが為に第5階層かそこらで街作りにばかり精を出していた者が、
よくもまあのうのうと「死んで償え」などと言ってのけたものだ、と。
だから彼女は、せめてビロードの前に現れたエクストに、
心の持ちようを変えて欲しくべく語ったのだ―――――
- 6 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:38:12 ID:.JjyiNM60
-
第36話「新手の妨害者」
ξ゚−゚)ξ「エクスト君、貴方の気持ちは分からなくもない」
向かい風で靡く巻き毛をくつろうツン。
市内で戦闘が行われているにも関わらず、アクセサーは何のトラブルも妨害も受けずに進行している。
「第3階層、議会堂前ターミナル」まで残り3分と、目的地を目前に控えていた。
ξ゚−゚)ξ「ただ、改めて言わせてもらうわ……逆恨みなんて、止しなさい」
<;フ − )フ「…………」
ツンは一息ついて、エクストから外していた視線を戻す。
すると、下を俯いたまま微動だにしないエクストに気づいた。
ξ;゚听)ξ(……しまった。彼には特に、キツい話だったはず……)
父親を失った彼に、同じく両親を失った自分の体験をありのまま話してしまい、
もしかすると父を二度殺されたような気分に彼を陥れたのかもしれない。
プラズマン氏を当然思い出すであろうし、あるいは死に様を想像する事も考えうる。
配慮が足りなかったとツンは考え、少し甘い声色で仕切り直そうとした。
ξ;゚听)ξ「でもね、貴方がビロードを殴り、ナイトウを責める姿を見て、
きっと貴方のお父さんは悲しんだはずよ?」
エクストは話題が父の事へと移ると僅かに身を震わせて反応を見せた。
- 7 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:40:05 ID:.JjyiNM60
-
言い分があるのだろうとツンは思い、彼の返答を待った。
ツンは、彼が何を言い出すのか少しばかり不安を覚えるが、
意外にも沈黙は短く終わり、心構えする猶予を殆ど与えられなかった。
<;フ − )フ「……でも、でもさ、ブーンが失敗しなきゃ、トーチャンは……」
殆ど呟くような擦れた声で、エクストが言った。
未だ責任を押し付けるような態度に出ている、とはいえど、ツンに飽きれる気持ちは皆無であった。
彼の憤りはもっともだからと思うからだ。
と、ちょうど街頭テレビがB00N-D1を糾弾するような番組を流しているのを見て、
ツンは改めて市民の依存心を思い出す。
少年に体験談を話した所で同情を引くのが関の山であろう……などとは思わなかったが、
自立する準備もままならぬ反抗期前の少年に、
自ら変わってくれるなどという期待を押し付けた自分もまた大人気なかったと、ツンは省みる。
それでもはっきりとした調子で、ツンはエクストに返す。
ξ゚听)ξ「確かに危機を呼び込んでしまったのはナイトウの失態。
いえ、ナイトウが貴方と同じく、弱さと恐れを持つからよ」
- 9 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:42:26 ID:.JjyiNM60
-
<;プ−゚)フ「……俺と同じ弱さと、恐れ?」
考えても明瞭しない思考に耐え切れず、エクストはようやくツンと目を合わせ、尋ねた。
こくりと頷いて、ツンは片手で振るい街並みを見せるような表現をする。
ξ゚听)ξ「貴方だけじゃないわ。ここにいる多くの人と同じなのよ」
信じられないと書いてあるエクストの顔に微笑みかけ、ツンは続けた。
ξ゚ー゚)ξ「あいつ、ヒーローなんて呼ばれてるけど、
昔っから一緒にいるアタシから見れば何て事ない、普通の奴よ」
そう説明した後、ツンは覚えのある罪悪感に襲われた。
ξ − )ξ「…………」
<;プ−゚)フ「……お姉ちゃん?」
ツンの顔からは途端に笑みが消え去った。
自らの言葉で再び過去を反芻してしまったせいであった。
何処を見るわけでもなく、虚ろに視線を落としてツンは切り出した。
ξ )ξ「エクスト君、ナイトウは」
- 10 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:43:57 ID:.JjyiNM60
-
ξ )ξ「ナイトウは……サイボーグの力と免疫を持ってるだけで、
本当はセカンドが恐ろしくて堪らない、普通の奴なのよ」
<;プ−゚)フ「…………」
エクストに救いを求めるなんて。
そう一瞬考えるも、恥らわずにツンは訴え続けた。
ξ )ξ「でも、あいつは戦ってる。地上の街では孤独なのに。
何でかって、自分と同じような人を出したくないと思ってるし、」
ξ )ξ「あいつは、アタシにした事を償おうとしてる……バカよね。
アタシだってアイツに、同じ事したっていうのに……」
「バカよね、ホント……ホントはもう、アタシは……」
そこで、ツンは口をぎゅっと噤んで押し黙った。
<;プ−゚)フ「お姉ちゃん……」
髪で顔半分が隠れてしまったが、嗚咽を漏らしそうな口元に気づいて、
エクストは心配そうな声でツンに呼びかけた。
- 11 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:46:21 ID:.JjyiNM60
- それを否定するようにツンは顔を軽く左右に振り、話題を戻した。
ξ゚听)ξ「……貴方のお父さんだって、きっとそう。そして共に戦ってくれた。
あの時、戦場に出た人は、決してナイトウを責めたりしなかったはず……。
じゃなかったら、『セントラル』に隠れてたもの。ナイトウに責任を押し付けて」
特段、ハッとするような表情を浮かべず、エクストは聞き続ける。
ξ゚听)ξ「……悪いのはセカンドよ、全部。
お願いよ、エクスト君。ナイトウとビロードを恨んでやらないで。
2人とも、貴方と同じように両親を亡くしてしまってる犠牲者なのよ……」
<;フ − )フ「…………」
再びエクストが頭を垂れる。
2人の間に沈黙が流れようとしたが、アクセサーがお構いなしに間も無くの到着を告げる。
第4階層から一つ上の階層へと昇る少しばかり長かったドライブが終わる。
ツンは居心地の悪い静寂を誤魔化そうと、凝り固まった身体を解したく肩や腰を回した。
それに、この後走らなければならない。
- 12 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:48:53 ID:.JjyiNM60
- アクセサーが緩やかに停止し、ドアが自動的に縦に開く。
ツンは慣れた調子で先に降りた後、まだ座ったままのエクストに言った。
ξ゚听)ξ「エクスト君。嫌ならこのまま帰ってもらってもいいわ」
目を合わせようとしない彼を数秒見つめた後、ツンは踵を返した。
こつこつとほんの4度靴音を鳴らし、もう走ろうとした瞬間、
背後で勢いのある着地音が聞こえ、ツンは歩みを止めた。
<;フ − )フ「お姉ちゃん! 俺さあっ――――」
ツンは振り返り、エクストの言葉を無言で待った。
<_プ−゚)フ「……俺さあ、トーチャンいなくなっちゃったから、帰っても一人なんだ。
昔、ここに逃げる前にカーチャンも殺されちゃったし」
<_プー゚)フ「だから、その、たまに遊びにいってもいい? ブーンを励ましたいっつーか……」
<_プー゚)フ「俺もさ、大人になったら戦いてえんだ! トーチャンやブーンみたいに!」
- 13 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:50:42 ID:.JjyiNM60
-
ξ; )ξ「エクスト君……」
涙が出そうになるのをぐっと堪え、けれど冷静に言葉を選んだツンは、
ξ゚ー゚)ξ「……もちろんよ。たまになんて言わず、いつでも遊びにいらっしゃい」
戦いたいという彼の意思だけ無視し、そう返した。
自立しようとする心の芽を摘みかねないと考えて。
そしてまた彼もビロードと同じ孤児である事を思い知って。
<_フ///)フ「あ、あとよ、ほ、ほら! ビ、ビロードの奴、友達いねえん……だろ?
い、一緒に遊んでやってもいいんだぜ!
俺もその、ダチって呼べる奴、本当は少なくって……」
エクストは恥ずかしさの余り、派手に頭を掻いた。
耳まで赤くする人は少なくないが、首まで高潮するのは珍しい。
彼の様子がおかしくて堪らず、ツンは思わず笑ってしまう。
僅かに濡れた目尻をそっと指でなぞり、笑みはそのまま保ち、彼に近づいた。
ξ^ー^)ξ「ありがとう、エクスト君」
<_フ///)フ「!! お、お、おねえちゃ……!」
そして恐らく、ブーンですら聞いたことのない、
実に可愛らしい声を発しながら、彼の頭を撫でた。
- 14 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:52:02 ID:.JjyiNM60
- 普段、ハインリッヒやドクオを始めとする仲間の多くに「まな板巻きグソ女」などと酷い罵りを受けるツンだが、
確かに体付きは未熟ながらも(もはや貧相に育ってしまっただけかもしれないが……)、
顔立ちはというと、これが極めて美しい。
彼女の気取らない笑顔を、しかも至近距離で見て、エクストはツンの美しさに初めて気づいた。
人知れず心を奪われたエクストは耳と首周りをより一層赤く染めつつ、視線を落とすのだった。
<_フ///)フ「…………」
ξ;゚听)ξ「なぁに? どしたのアンタ?」
<;フ///)フ「へぶうあ!? な、なな、なんでもねえよ!」
ξ;゚听)ξ「なんなのよ? 隠さずに言ってみなさい」
何気ない調子で言いながら、ツンは腰を落としてエクストと目を覗き込む。
しかし今のエクストにとって彼女に見つめられるのは堪らなく、
思わず首をそっぽに向けて、慌てた調子で取り繕った。
<;フ///)フ「い、いいから! いいからホントに!」
ξ;゚听)ξ「何なんなのよもう! 気になるわね!」
<;プ−゚)フ「な、何でもないから……そ、それより――――」
- 15 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:52:52 ID:.JjyiNM60
-
<;プ−゚)フ「……さっさとビロードを助けてやろうぜ! お姉ちゃん!」
ξ゚听)ξ「ええ! 絶対に助けるわよ!」
ターミナルホームを覆う、幾何学的に散りばめられたガラスの向こう側の近く、
機械仕掛けの白き建造物「議会堂」のドーム状の巨大な天蓋が、
降り注ぐ擬似星光を反射して僅かに煌いている。
ツンは、議会堂にいるであろうモナー・ヴァンヘイレンの姿を想像する。
多忙なモナー・ヴァンヘイレンがまだ帰路についたとは思えない。
モララーが状況を伝えていたろうし、
感染者が市内で戦闘行為に打って出ているのは嫌でも耳に入るはず。
今頃、対策を講じるべく緊急会議を開いているだろう。
次いでツンは、自分の狡猾さを満足げに笑うモララー・スタンレーを想像する。
ξ゚听)ξ(モララーは先手を打っているでしょうね)
端末の使用に制限を掛けられる程だ、ビロードの事だって知らせずにおける。
となれば、これは単なるジョルジュの暴走だとかこじつけて、
我々を蚊帳の外に置き、モナーや議会員の情報源をを断つはず。
議会周辺に警備という建前でクローン部隊でも配置すれば磐石だろう。
ともかく我々がやるべき事は唯一つ。モナーと会い、モララーの不審を伝える事。
その為に来たことを改めて思い出したツンは、緊張感を滲ませた声でエクストに言う。
ξ゚听)ξ「急ぎましょう。ジョルジュさん達が危ない」
- 16 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:54:42 ID:.JjyiNM60
-
<;プ−゚)フ「……でもよ、実際あの中に入れんのか、俺ら?
実際のところクローン部隊を操ってるのはモララーだろ?
俺達が咬んでるって事ぁ知られてると思うぜ。門前払いされねーか?」
ξ゚听)ξ「へえ。アンタ、意外に賢いじゃない。見直したわ」
<_プー゚)フ「ヘッヘッヘ。ビロードにゃ悪いがこういうの好きでさ!
何でか知らねえがイタズラとかになると冴えるんだよね」
口の端を上げて踏ん反り返るエクスト。
「そういうのは悪知恵っつーのよ」、と、ツンは飽きれながら返して、
ξ゚∀゚)b「フッフッフ。それについてはお姉ちゃんに考えがあるわ!」
なんとも不敵な笑みを肩越しに見せた後、彼を置いて先に走り出した。
<;プー゚)フ(……なんだか嫌な予感しかしねえぜ……)
ツンに対し妙な胸騒ぎを感じつつ、エクストはツンの背を追った。
2人は、人もまばらなターミナルを走り抜けてゆく。
- 17 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:56:30 ID:.JjyiNM60
- 周期的なプログラムを組まれた天蓋が相変わらず気取った夜を見せている。
深部細部をじっくり探れるほど、その空はリアルだ。
人々は無限の宇宙すら錯覚できるだろうし、人々がそう錯覚する為に空はリアリティを持たされたのだ。
空を始め、地下世界『セントラル』の人々は非現実を求めるが故にあらゆる点で「リアリティ」を追求した。
窓辺から呆けた顔を覗かせている光景は決して珍しくない。
今を生きるこの街、この瞬間、その全てが偽りではなく、
これこそ我々の現実なのだと自覚したいが為、リアリティ溢れる空を仰ぎ見るのだ。
「――の暴走の制圧行動が――指定の避難場所か自宅への――――」
そこに前触れなく異物が切り込み、彼等の現実は崩壊した。
美しい空に似つかわしくない騒音であった。
寝耳に水を注がれたように第4階層は騒然とした。
「――現在、クローン部隊による、感染者ジョルジュ・ジグラードの暴走の、制圧行動が行われています。
なお、レーザー兵器の使用許可も下りていますので、激しい戦闘が予想されます。
速やかに市民の皆さんは指定された最寄の避難場所か自宅への――――」
サイレンと、それと同時に発せられた肉声のアナウンスが繰り返して鳴り響いた。
特に第15番街とその近辺は巣を突かれた蜂の如く、逃げ惑う人々で一気に溢れかえった。
『セントラル』というシステムは巨大だが、虚を衝かされた時、脆さを露呈する都市に成長してしまった。
訓練など数え3年は実施されていないせいもあろうか、人々は簡単に恐慌状態に陥ってしまった。
- 18 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:57:54 ID:.JjyiNM60
-
「やばい、やばい! 感染する! 逃げろ! 逃げろ!」
ギコ・アモットは大軍を率いて攻めてきたが、戦闘員の活躍により街への侵入は許されなかった。
反して今回は違う。
なにしろ初めてのケースだ。
ウィルスを撒き散らす恐れのある感染者が街で“暴走”しているのだという。
市民にとってこれは恐怖以外の何でもない上、「セカンドウィルスは治療法なき病原菌」だと改めて思わせる報せであった。
15番街から人の姿が消えるまでそう長くはかからなかった。
サイレンも止まり、ブティックから漏れ出す音楽が返って静けさを煽る。
孤独に吼えるエンジン音もそうであった。
孤独な一機のバイクがビルとビルの合間を縫って全速前進している。
何かに追われるような焦りようだ。
搭乗者の表情も添えて、そう物語っている。
(;゚∀゚)(手が早い……早すぎるぞクソッタレ! 行動を抑えられちまってるのか!?)
まだ視認していないが確実に追っ手がいるだろう。
連中が是非と手段を問わずビロードを奪おうとしているのを、身を持って知った。
街の状況を見てもそう思うしかない。
上空から見渡すストリートに人影は一つも見当たらない。
本格的な戦闘行為に及ぶ舞台が整っている……そう思うしかない。
こうして2人で無人の街を往くのは二度目となるが、状況が違いすぎる。
今は追われる立場だ。
- 19 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 20:59:54 ID:.JjyiNM60
- 木を隠すには何とやら。
定法に則り、全身白尽くめといえど人ごみに紛れれば発見も遅れると踏んでいた。
加え、たとえ独裁権の下で銃を携える番人であれど、罪無き無関係の市民に手出しは出来ない。
強行手段を採れないとなれば逮捕される可能性も低くなる、そんな期待を抱いていた。
期待を裏切るように響いたアナウンスは、その内容に偽りは一切なかった。
ジョルジュが感染者であるのは事実であり、法定速度を越えた暴走をしているのも事実。
法と街を守護する番人達が彼を追うには幾つもの正当な理由が存在するのだ。
されど議会側にも落ち度はある。
これがモララー・スタンレーの独断による行動なら付け入る隙はあるはずだ。
付け入れれば、の話であるが。
(;゚∀゚)(ここまで大規模な手段に打って出るとは……!)
層一つを巻き込んだ作戦を展開するとは想像だにしなかった。
ジョルジュは敵が如何に強大であるか思い知ると同時、モララー・スタンレーの真意を疑う。
ビロードの免疫はセカンドに対する強力な対抗策になるだろう。
その稀有な存在に対し逆恨みする市民の一部が殺害に及ぶ可能性を孕んでいるという。
だから議会は躍起になって保護しようとしている。
ここまでは筋が通る。
それなら、ツン・ディレイクのいる周辺に警備を立たせておけば万事が上手く収まるのではないか。
手中に入れようとするのは何が目的だ?
そう考えると筋が通らない。何を企んでいる?
ジョルジュの思考を、異音が遮った。
6つのスキール音だ。
- 20 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:02:05 ID:.JjyiNM60
-
(;><)「ジョルジュさん!」
(;゚∀゚)「分かってる! 喋んな! 舌咬むぞ!」
異なるエンジン音が2人を後方から襲う――6人で編成されたクローン兵士の追走だ。
スーツと同色のホワイトで塗装されたバイクは猛然とジョルジュ達に迫る。
( 〓 )「やむを得んが、仕方あるまい。出来れば穏便に行きたかったが――――
マスター・モララーより銃撃許可を得た。ジョルジュは処分でも構わないとの事。
ビロード・ハリスは当初の予定通り入院という形で我々が保護するぞ」
( 〓 )「本当にベッドでの生活になるかもしれんがな…………いや、当初よりその予定だったか」
彼女達は一斉にハンドル部のタッチパネルを触る。
機械的なまでに素早く正確な操作だ。
ガコッ、とサイドボディが音を立てて開き、収納されていた銃の柄のみを出す。
そこまで彼女達は一人として動作に遅れる者は無く、計ったようなタイミングで一斉に銃を引き出した。
( 〓 )「出力は出来るだけ抑えろ。あくまで威嚇射撃に留める。
連中を地に下ろすぞ――――銃撃を開始する」
まず2条の蒼い光が奔った。
ジョルジュは肩越しで後方に目を光らせ、バイクを僅かに逸らし銃撃を回避。
続く第二撃が間髪入れず繰り出される。
3条の光線を借り物のバイクのリアボディにコゲつけて際どく回避し、ウィリーの状態で上空に昇った。
- 22 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:04:05 ID:.JjyiNM60
- 応じ、クローン部隊はアイコンタクトすら取らずに散開して多面からの攻撃で撃ち落しを図る。
6条のレーザーが同時に射出――――これもすれすれでジョルジュは避ける。
6条の光が衝突して爆ぜた光の粒の下を往き、ジョルジュはバイクを急降下させた。
一気に地面との距離が詰まる。
フロントボディが衝突する寸前でバーニアンが角度を変え、浮上。
ボディを挟んでいたビロードの両足が耐え切れずに宙を舞う。
一際大きな悲鳴があがるが「思いっきりしがみ掴め!」と叱咤し、アクセルを緩めるどころか更に捻った。
ストレートの先には標識を掲げた大きな十字路が待っている。
速度計は200kmを優に上回っているが、ジョルジュは速度を保ちながらコーナリングをしようと覚悟を決める。
バイクを曲がり角に侵入させる直前、ジョルジュはビロードが吹っ飛ばないよう、片手で彼の手を抑えてやる。
(#゚∀゚)「目ェ瞑ってろ!」
ジョルジュはハンドルを切りながら体重を力任せに掛けながら、タッチパネルを操作。
地面と平行になる直前、操作に応じたバーニアンは車体を持ち上げようと角度を変える。
しかし、速度に対しバイクの動作は余りにも遅かった。
地面との関係は平行を通り越し搭乗者を路面に擦り付ける形を取る。
- 23 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:06:36 ID:.JjyiNM60
-
(#゚∀゚)「うらぁああッ!!」
ビロードの髪が地面に触れかかった時、ジョルジュは地面に腕を叩きつけた。
その際、彼が忌々しく思う「免疫ポッド」で殴りつけたのは決して故意ではないが、
結果的にバイクは車体を持ち直し、コーナリングを決める。
( ゚∀゚)「ヘッ、そこで指でも咥えてな、コピー女共」
後ろを振り向かず、中指を立てて掲げるジョルジュ。
彼女達も人間離れした反応速度を有してはいるが、ああも捨て身な操縦をしようとは思わないし、
ああも危険なコーナリングに打って出るとは想像していなかった。
このまま直進しようとしていたクローン兵士達は、咄嗟に急ブレーキした後、方向転換してから角を曲がるハメになる。
( 〓 )「…………」
彼のバイクのバーニアンが作った轍を越える頃には、既に200m以上の差を着けられていた。
双方のバイクに著しい性能差は無い。
今から追いつくには厳しい距離であるのは明白だが、彼女達はすぐさま追跡を再開した。
バイザーに隠されていた彼女達の顔は、やはり眉一つ形を変えず保たれている。
- 24 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:09:46 ID:.JjyiNM60
-
( 〓 )「データ以上の反応速度を持つようだが作戦に支障は無い。
市内の監視カメラはこちらが押えている。このまま挟み撃ちにして制圧する」
__
奇妙な事にジョルジュとクローン部隊によるバイクチェイスの模様は報道されていなかった。
『セントラル』といえど、以前の世界のように悪行あらば報道するのがメディアの義務であり務めだ。
だが、政界の都合や政界を牛耳る権力者の鶴の一声で報道に規制を掛けるのは、この地下世界も同様であった。
事実、第4階層が恐慌状態にあるというのに、一つ上と下の第3、第5階層の人々は平然としている。
モララー・スタンレーが第一に提案したメディア操作を、モナーは二つ返事で承諾している。
ディレイクに肩入れする彼であれどウィルス蔓延の恐れがあるのは否定できないし、無視もできない。
市民に事態が知れればパニックになる事は火を見るより明らかだ。
そう考え、アクセサーを停止させて状況を第4階層に留めるという対策も即座に実施した。
更に現在は情報端末に使用制限が掛かっている。
一般的には制御センターの緊急的なメンテナンス作業中と伝えられているが、これも議会の手回しだった。
銃を携えたクローン部隊に言われるがまま作業員達が制御しているだけだ。
メディア操作同様、モララーの提言によるものだった。
閉塞したのは階層間のみならず、議会堂第2会議室もそうだった。
モララーは次々と的確な提案提言を吐き出し、モナーはそれを鵜呑みにする。
肝心のモナー・ヴァンヘイレン総統は事態の中心にいるつもりで、実は蚊帳の外に立たされているのだった。
( ・∀・)「総統閣下、ラボに向かわせたクローン兵士が事情聴取を終えました」
- 25 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:12:11 ID:.JjyiNM60
-
( ´Д`)「それで、ツン・ディレイクは何と?」
( ・∀・)「ジョルジュの暴走についてはこちらでも対策すると。
しかしIRON MAIDENは外部からコントロールできるものではないらしい。
加えてB00N-D1は修復中につき動けないとのこと」
Ω「これ以上ウィルス絡みの問題を起こしたくないだけじゃないのか?」
場に居合わす議会員の一人が、何気ない調子で口を挟んだ。
モナーは鋭く睨みつけて、低く言う。
( ´Д`)「言葉を慎め」
Ω「う、これは、失言でした……そ、その、総統閣下、わ、私は」
( ´Д`)「もうよい。それでモララー、ツン博士は他に何か?」
( ・∀・)「はい。ツン・ディレイクはジョルジュを処分する方向で動くとの事です。
彼女は先日負った責任を果たそうとしているようですが……」
( ´Д`)「ブーンは出てこれん、か」
( ・∀・)「はい。とはいえ彼が出たところで、ジョルジュ相手にまともに戦えるとは思えませんが……。
B00N-D1とジョルジュには深い交友関係があると聞きます。
逆に、こちらがやられるかもしれません。
ツン博士もジョルジュの暴走行為を助長させる恐れがあると仰った」
( ´Д`)「ブーンの助力なんぞ求めはしないよ」
- 26 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:13:38 ID:.JjyiNM60
-
( ´Д`)「セカンドといえど、彼の友人ならば彼の手を汚させる訳にはいかん。
我々の手で処理をするぞ。彼には借りを借りっぱなしだ。
それで、モララー。第4階層の状況は?」
( ・∀・)「市民の避難は完了。直ちに銃撃を開始するようクローン部隊に指示致しました。
現在、全兵がジョルジュの処分にあたっています。
間もなく厳戒令を解けるでしょう」
ダルシム「街の被害状況はどうなっているヨガ?」
( 〓 )「今のところ大きな損害はございません」
街の監視カメラは作動しているが一つ問題を抱えている。
映像の送信及び受信は情報端末のそれと同じく単一のインフラに依存しているという事。
つまり、この場においても何の役にも立たない、単なる映像記録機に過ぎなかった。
その制限の下で監視カメラの映像を受信できる存在がクローン兵士だった。
彼女達が情報シェア機関を持つと疑ったショボンは正しかったのである。
クローン兵士達は見聞きした情報を独自の通信回線を持って瞬時に送受信する事が可能であった。
とはいえ映像を投影させるような機関を彼女達は持たない。
会議場に入る情報は傍らに立つクローン兵士が中継して口頭説明する物のみだ。
モナー達の指示もそうだ。
伝達はいずれもクローン兵士のシェア機関を通じ行われている。
- 27 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:14:39 ID:.JjyiNM60
-
( ・∀・)(容易い連中だな)
この状況を作り出したモララー本人は、込みあがる愉悦と笑いを押し殺すのに必死であった。
モナーは正義感と責任感の塊のような男で、人情深くもある。
モララーにとっては他といない制しやすい男であった。
更にビロードについては一つも言及していない。
全てが予想通りに進むかどうかは定かではないが、少なくとも都合よく進んでくれている。
偽りに偽りを重ねられる。
まさにモララーの独壇場であった。
( ・∀・)(まさかビロード・ハリスとジョルジュの確保が狙いだとは夢にも思わないだろうな。
ジョルジュ本人かショボン、ガイル辺りが乱入する事は読めていたが、
こうも計画通りに事が進むと少し拍子抜けるな)
( ・∀・)(あとはジョルジュを追い込み、“サード”となったところを制圧するだけだ。
出来損ないの“セカンド”どまりとなるなら処分するまで。
邪魔者は誰であろうと排除するよう命令は下した。
ジョルジュからウィルスが漏洩したとのたまえば、それで済む話だ)
( ・∀・)(市内でのバイオハザードは絶対に阻止せねばならぬ。
フフフ、荒巻スカルチノフが定めた政令が、このような形で活きるとはね……)
( ・∀・)(ツン・ディレイク。君もこちらに向かっているようだが、せいぜい用心するといい。
君も感染者として処分しなくてはならないからな)
- 28 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:16:59 ID:.JjyiNM60
- 一方。
ツンとエクストはターミナルの昇降口で顔を出して辺りを伺っていた。
100メートルと離れない議会堂の正面入り口に、銃器を携えたクローン兵2人配置されている。
周辺の警備も同様に薄く、2,3人のクローン兵が巡回しているのを見かける程度だ。
政権転覆を狙うテロリストの存在が囁かれている状況にしては余りにも手薄だ。
恐らく、ジョルジュ達3人を制圧するのに兵数の大部分を割いているのだろう。
これは幸運と言っていいかもしれない。
ツン・ディレイクは緊張を滲ませる顔でほくそ笑み、エクストの耳元を打つ。
ξ;゚∀゚)ξ「手薄ね……敵の本営に切り込むアタシ達には好都合よ。
いい? エクスト君、アタシにぴったり付いて来て」
<;プ−゚)フ「ちょ、ちょっと待ってくれ! お姉ちゃんの作戦ってやつを聞かせてくれよ!」
ξ;゚∀゚)ξ「人質を取るのよ、人質を。無関係で善良な市民をね」
「は?」と聞き返すエクストに、ツンは懐に忍ばせていた銃を取り出した。
それがダウンサイジングされたBlueBulletGunであるとエクストは知りもしない。
が、とにかく、やはり彼女は物騒な手段に打って出ると明らかになると、エクストは予め覚悟しておきながらぞっとした。
ξ;゚∀゚)ξ「目ぼしい人質は見つけてあるわ! 行くわよ!」
半ば呆然とするエクストの肩を叩いてツンは駆け出す。
<;プー゚)フ「マジかよ……ああああもう、やけくそだ! 乗ってやらぁ!」
エクストは引きつった笑みを浮かべ、ツンの後をぴったりと追う。
- 29 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:20:35 ID:.JjyiNM60
- ツンが足音を忍ばせて走り向かうのは議会堂正面の広場。
中心に噴水を持ち、周囲に幾つかのベンチがあるだけの簡素な憩いの場だ。
擬似の陽射しを除ける木々が並び、議会堂からの見通しは悪いだろう。
ツンは腰を曲げてそそくさと目標のベンチに近づいた。
後を追うエクストも当然、彼女の姿勢に習ってそうする。
ベンチには座るのは大人の女だ。
身長と、黒色の髪が長く伸びている事からそう伺える。
華奢な女なら扱いやすいと踏み、ツンはこの女を選んだのだ。
<;プ−゚)フ「…………」
エクストは緊張と罪悪感で高鳴る鼓動を感じながら、ツンの一挙一動を見守った。
ツンは銃をゆっくりと掲げ、銃口を女の後頭部にあてがった。
すると女はその感触で悟ったのか、声も手も上げずに言葉を待った。
ξ;゚听)ξ「何が頭にあたってるか、分かるわよね?
アタシの指示に従って動いてもらうわよ……こちらを振り向かずに、ゆっくりと立って」
「…………」
言われた通り、無言を保ったまま女はゆっくりと腰を上げた。
女は黒いビジネススーツにその華奢な身を包んでいた。
腰まで伸びた髪が広場の照明を浴びて艶やかに輝いている。
容姿と物腰だけを見れば器量の良いキャリアウーマンのように想像できる。
- 30 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:23:06 ID:.JjyiNM60
-
ξ;゚听)ξ(あれ……この人……)
ツンは妙だと思った。
仮に仕事熱心な女だとしても、今彼女を脅かすのは案件なんかではなく、銃。
微動だにせず要求に応じられるのは、不自然だ。
<;プ−゚)フ「お姉ちゃ――――」
不意に、黒髪がツンの両目を撫ぜて視界を防いだ。
ツンは反射的にトリガーを引くが、指先に伝わったのはカチと言う弱弱しいもの。
セーフティを外し忘れていた事を悟りツンは青ざめる。
直後、銃を持つ腕に強烈な手応えが走るが、それを忘れる程のケリが無防備な腹にねじ込まれた。
ξ; )ξ「づうっ!?」
体重の軽いツンは派手に吹っ飛んでエクストと一緒くたに地に転がった。
硬い地面を滑った2人は露出する肌を卸されて血を滲ませる。
ツンは胃から込み上げた物を地に吐き出した。
涙で潤み僅かに混濁した視界を映す目を上げ、見下ろす女の顔を伺う。
( 〓 )「私服での警備を任されたとは想像できなかっただろうな」
既に女の顔はフルフェイスのヘルメットで覆われていた。
人質には格好の的だと思い込んでいた女は、スーツを脱いだクローン兵であった。
クローン兵はツンの手から離れ宙を舞っていた銃をキャッチし、唖然と口を開けるツンに銃口を向けた。
- 31 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:25:36 ID:.JjyiNM60
-
ξ; )ξ「そ、そんな……」
( 〓 )「ツン・ディレイク、エクスト・プラズマン。今ここで貴様達が抱える数件の罪状を述べる必要は無い。
ウィルスバスターとして貴様達をセカンドウィルス感染者と見なし、処分する」
<;プд゚)フ「はあ!? ちょ、ちょっと待て! 俺達感染なんかしてねーよ!」
「――――その子の言う通りだぜ、兵士さん」
( 〓 )「……む?」
トリガーに掛かった指が動こうとした時、隣のベンチに居合わせた男が唐突に口を挟んだ。
男の言葉でクローン兵士は動きを止め、男の方へ振り返る。
黒髪を短く小奇麗にまとめ、ツナギに身を包んだハンサムな男だ。
男はベンチの背凭れに両腕を廻し、足は組み、この状況を見ている者としては余りにも悠長だった。
場慣れしている、とも言えるかもしれない。
そうエクストが思ったのは、銃口を向けられているというのに男が顔色をまるで変えないからだ。
「この可愛い子と小娘が感染者だって? そいつはおかしい。
俺のサーモグラフィはウィルス感染を示す熱量を計測していないぜ。
故障なんかじゃないぞ。俺は定期的にメンテナンスを受けてるからね」
( 〓 )「貴様、何者だ?」
「断っておくがどっかのデータベースにアクセスしようったって無駄だぜ。
フフ、分かってると思うが、応援も呼べないぞ。
先程ここら一帯に君達の電波通信に対するジャミングを張らせてもらったんでね」
- 32 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:29:01 ID:.JjyiNM60
- ( 〓 )「邪魔者はウィルス感染者として殺すまでだ」
クローン兵がトリガーを引く。
しかしトリガーは動かず弾丸は射出されなかった――――セーフティが解除されていない。
冷静沈着なはずのクローン兵が舌を打ち、勝手の分からない拳銃を捨てる。
素早い動作で腰に帯びている専用の対セカンド用レーザー銃に手を伸ばした。
「フッ!」
女の一連の動作中に距離を詰めていた男が右手を奔らせる。
鳩尾を抉る掌打はクローン兵を悶絶させる威力を持たぬが、硬直に至らせた。
女は蹈鞴を踏みながら痛覚とは異なる違和を腹に覚え、咄嗟に手を伸ばす。
異物の正体が何らかの攻撃機器であると悟り引き剥がそうとするが、機器のツメがスーツに食い込んで剥がれない。
電波送信を受けたとランプは点灯し示す。
強力な電流が女の全身に流れ、恐らく美しいであろう女が地面でのた打ち回る。
その妖艶な形と色の口から泡が吹き出る頃には、女は意識を完全に欠いていた。
「遅いね。にしてもセーフティ解除を確認し忘れるなんて、存外間抜けなんだな……でも間抜けはお互い様、か」
男は電流放出終了を促す信号をスタンに送った後、腹からそれを取り上げた。
最中、クローン兵の真っ黒なフェイスカバーが映す怯えと驚愕を浮かべる2つの顔に気づく。
振り返ると、思いも寄らぬツンの第一声に、ツナギの男は苦笑いした。
ξ;゚听)ξ「あなた!? ナイトウの行き付けのウンコ屋さん!?」
阿部「おいおい、ウンコ屋は止してくれ。列記としたカレー屋さんだぜ?」
- 33 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:32:15 ID:.JjyiNM60
-
阿部「ま、ほんの遊び心でトグロを巻いちまってるがな」
ツナギの男の名は阿部高和といい、第4階層でカレー屋を営む男だ。
ショボンとドクオとの交流をツンは知る由もなく、単に奇妙な料理を売りつける男として記憶していた。
だがツンもサイボーグ工学の一人者。
戦闘を一見すれば、おおまかなスペックと機能を予想するのは簡単な事だった。
ξ;゚听)ξ(40年代後半から50年代初頭に掛けて注目を浴びた、多目的サイボーグね。
開発コストが掛かるから少数人に適用されたはずだけど、生き残りがいたなんて……)
それに阿部のようなサイボーグは稀有な存在で、いつだったか読んだ父のデータを元に、正体を推測した。
開発中の新兵器の設計資料の漏洩など、複雑な情報戦へと縺れ込ませたのが彼のような人物だった。
最新の戦闘システムを搭載しながらも卓越したクラッキング技術を持ち合わせている事から、
ディレイク系サイボーグの後期トライアルだと限定できる。
阿部「女にまじまじと見られるのは趣味じゃないな……確かに俺はいい男だがね。
フフッ、でも君のようなチョイ悪そうな美少年ならウェルカムだ」
<;プー゚)フ「ひええ……この人ガチかよ……」
ξ;゚听)ξ「そ、それはさておき! アンタ、何してんの?
とてもベンチで夜空を眺めてたって風には思えないわ」
- 34 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:33:22 ID:.JjyiNM60
-
阿部「話は後だ。一度態勢を立て直そう。議会堂の方から不穏な気配が接近している」
人間のツンとエクストには聞き取れぬ物音が、阿部には聞こえていた。
足音、それからガチャガチャと揺れる装備の音から察し、クローン兵だと断定。
阿部「あそこに公衆トイレがあるな。そこで少し身を隠そう。
ツン博士、君も事情を聞きたいだろうしな」
ξ;゚听)ξ「は、はい」
言われるがまま、ツンとエクストは阿部と共に公衆トイレへと駆け込む。
阿部「ところで、俺は阿部高和。君、名前は?」
<;プー゚)フ「エクスト。エクスト・プラズマン」
阿部「エクスト君、か……ふふっ」
<;プー゚)フ(何だよ気持ち悪ぃな……)
阿部「やらないか?」
<;プー゚)フ「何をやんのか分からねぇけど、ご遠慮させて貰うぜ!」
阿部は渋々と、ジッパーに掛けていた手を離した。
- 35 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:36:27 ID:.JjyiNM60
- 遡ること数分前。
情報シェアリングによるネットワーク形成に乱れが発生した事を、無論クローン兵は気づいた。
手段は不明だが第3階層に配置した兵との連絡が取れない。
指示を仰がずに単独で数名が状況確認に向かったが、誕生が間もなくも、初のケースであった。
( 〓 )「失礼します。モララー様」
会議場の情報網を担うクローン兵とは別の者が入室し、脇目を振らずモララーの耳を打った。
この場においてはクローン兵がモララーに耳打ちしたのは、これが初めてだった。
2人のこのようなやり取りをモナーは暗黙していたが、今日ばかりは露骨に怪訝な目を向ける。
それに気づいたモララーが慌てて取り繕う。
( ・∀・)「っと、失礼。私のラボで支障が……つまり、彼女達に関わるトラブルが発生したようで。
少しばかり席を外させて頂きますが、すぐに戻ります」
長い白髪を靡かせモララーはクローン兵を連れて会議場から出てゆく。
小事を片付けるようなモララーの軽い物腰は、モナーに限り異なって見えた。
総統の耳には打てぬ事情を隠す。
2人のやり取りに不審を覚えたモナーは、彼が荒巻暗殺を企てた本人である事を思い出す。
( ´Д`)(……果たして、本当にただのシステム障害か?)
無言の場に、胸中の苛立ちを吐露するような溜息が響いた。
- 36 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:40:26 ID:.JjyiNM60
-
( ・∀・)「問題が?」
( 〓 )「ハッ。議会堂周辺に配置した兵の間で通信トラブルが。現在も尚、復旧に及びません。
この私もです。外部との通信が取れません。第4階層の状況についても不明です。
敵による妨害行動が展開されているかと思われます。
独断で、3名に周辺の調査に向かわせました。引き続き調査を続行させております」
( ・∀・)「独断で……? ほう、君達にしては上出来な判断だ。褒めてやる」
( 〓 )「我々の存在意義はフォックス様並びモララー様の目標達成に尽力する事だと認識しております」
( ・∀・)「その口ぶりから察するにシステム障害を患った訳ではなさそうだな。
尤も、中枢に障害が生じればマスターが対処なさるだろうが……他には?」
( 〓 )「第3階層議会堂前広場にて、No74がツン・ディレイク及びエクスト・プラズマンと直接接触しました。
私服での行動を取っていた者です。No74が博士の殺害に及ぼうとした際、通信が途絶えました。
あくまで私の推測ですが、サイボーグがそこに居合わせていたのではないでしょうか。
情報戦に強い多目的サイボーグの類であれば我々のシステムの妨害もできましょう。合点はいくかと」
( ・∀・)「……ふーむ、流石だな、君は。私も同じような推測を立てていた。
急な通信インフラ停止に勘付いてインフラの中枢をクラックし、どういう訳かこの近辺に足を運んだ。
そしてツン殺害に及んだ現場にたまたま居合わせ、お前達の通信を妨害……手練のサイボーグと見ていい。
それに良い度胸をしている。関心はせんがな」
- 37 名前:名も無きAAのようです:2012/02/07(火) 21:43:34 ID:.JjyiNM60
-
( ・∀・)「Hollow-Soldier、そのサイボーグにつまらぬ好奇心を抱いた事を後悔させろ。
私の警護は会議場の付近に2,3立たせておけばいい。サイボーグを直ちに殺せ」
( 〓 )「了解しました。発見次第、ウィルス感染と見なし抹殺します」
第36話「新手の妨害者」終
- 38 名前: ◆jVEgVW6U6s:2012/02/07(火) 21:53:34 ID:.JjyiNM60
- 以上、本日の投下は終了です。
今後はこちらでやっていきます。
また考えを改めるかもしれませんが・・・・
では、お疲れ様でした。ハイル、イトーイ