第35話「LOG 2054年8月11日 エントランス跡地にて」
- 10 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:16:41.41 ID:wdcgY1sF0
- 登場人物一覧
――― ホライゾン家 ―――
( ^ω^)B00N-D1:通称ブーン。本名ホライゾン・ナイトウ。年齢20歳。戦闘員。
セカンドに対する強い免疫を持つサイボーグ、「システム・ディレイク」。
2054年のウィルス・パンデミックで、両親をセカンドに殺害される。
( ФωФ)ロマネスク・ホライゾン:享年43歳。プリンストン市警官。
2054年に死亡。フィレンクトから連絡を受けた彼は、ツンとブーンを連れて
ニュージャージー・プリンストンからマンハッタン島へ渡ろうとする。
しかし、道中で大型セカンドに遭遇し、命を落とす。
フィレンクトからはブルーエネルギー兵器の雛形BlueBulletGunを贈られていた。
J( 'ー`)しカー・ホライゾン:享年41歳。プリンストン市警官。
2054年に死亡。ブーンとツンを逃がす為に大型セカンドに立ち向かい、
夫の後を追った。彼女の尊い犠牲心がツン・ディレイクに行動させる。
プリンストンのガンマスターの異名を持つ、射撃の名手であった。
- 15 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:19:19.85 ID:wdcgY1sF0
- ――― ディレイク家 ―――
ξ゚听)ξツン・ディレイク:年齢19歳。チームリーダー。
ブーンを改造した弱冠19歳の天才科学少女。
2054年のパンデミックにおいては、ブーンの両親の意思を尊重しようと
マンハッタンへの渡島を敢行した。
ξ(゚ー゚ξデレ・ディレイク:享年42歳。生物工学者。
ツンの実母である彼女は、夫、フィレンクトと共にセントラル改装工事を進める一方、
システム・ディレイクの完成と実現を危機的状況下で目指した。
(‘_L’)フィレンクト・ディレイク:享年46歳。生物工学者の権威的存在。
後に絶大な戦闘能力を有するサイボーグシステム「ディレイク」の基礎は、
彼自らがサイボーグ化し完成させられた。
更に人類最後の砦たる『セントラル』の工事も指揮し、完成を間近にして死亡する。
また、ブルーエネルギーの開発にも大きく関わるなど、セカンド対策の大部分に貢献。
- 17 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:21:30.70 ID:wdcgY1sF0
- ――― 米軍残党、政治家など ―――
/ ,' 3 荒巻・スカルチノフ:享年63歳。元セントラル議会議会長。
2054年、米陸空両軍の残党では最高位であった大佐として、軍を指揮。
また、当時の重要会議でも大きな決定権と発言力を有していた。
ジョージ・ワシントン・ブリッジ爆破作戦の指揮者でもある。
( ´∀`)モナー・ヴァンヘイレン:年齢不明。新セントラル議会議会長。
現在のセントラルにおいては独裁的な権限を持つ彼だが、
2054年当時は民主党所属のニューヨーク州司法長官として活躍していた人物。
爪'ー`)y‐フォックス・ラウンジ・オズボーン:年齢不明。
かつて一世を風靡したラウンジ社の社長。
2054年、ブーンの血液を手に入れた後、姿を消したようだ。
- 22 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:23:28.06 ID:wdcgY1sF0
- 第35話「LOG 2054年8月11日 エントランス跡地にて」
赤き川の水を吸い上げて育つ悪魔の巨木。
巨大セカンドの周囲を旋回し、フィレンクトはそんな雑感を得る。
緑色の変異生命体は尚も成長し続けているようで、触手は数を増し続けてゆく。
肉の枝々を伸ばす幹も、はち切れんばかりに膨れた筋繊維で太く、太く……。
スキャン機能などを一切持たないナイトウは、内部構造を見れない故に、
見たままの敵の迫力、風のうねりすら発生させる触手の強烈な動きに戦慄していた。
(‘_L’)(この急激な成長……)
訝しげに、赤く淀んだハドソン川に注目する。
恐らく奴は、この岸を目指し水中を往く際、川底に転がる死骸を喰らい尽くしたのかもしれない
セカンドの中でも未曾有のスケールを持つ特異体だ。
あれほど多くのセカンドを短時間で、しかも一匹で平らげたとしても、
決して飛躍した予想ではないだろう。
(‘_L’)(一度でも叩かれれば私の装甲を持ってもアウトだろうな……しかし――)
何の合図を伴わず、戦闘は開始した。
先手を打ったのは敵セカンド。素早く、バイクへと数本の触手を伸ばした。
システムから受けた情報に対し、反射的にフィレンクトは迎撃行動に移る。
縦横無尽に迫り繰る触手の数々を恐ろしく正確なバイク操作でかわし、
無防備な触手の中腹にフィレンクトは弾丸を放っていった。
蒼の光弾は暗闇と肉を斬り裂き、血ならざる血の飛沫を人々に見せる。
- 26 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:25:57.37 ID:wdcgY1sF0
- (‘_L’)(BlueBulletGunの威力と抗体に耐え切れるはずがない)
一合終え、フィレンクトは一度深く息を吐く。
鋭い敏捷性を持つようだが、バイクの速度で十分対応できる程度だ。
本数こそ多いが脅威にはならないと、フィレンクトは敵を評価した。
問題が残るとすれば、抗体に対する敵の“抵抗力”であろうか。
こればかりはセカンドとの実戦データがいかんせん少ない。
一先ずバイクに収納している分のカートリッジを確認するが、僅かに表情を曇らせる。
( ;゚ω゚)「この銃でもいけるお! カーチャン! トーチャン!」
一方でナイトウは、フィレンクトと背をつける形で乗車し、後方の迎撃に当たっている。
彼のプロトタイプの銃で撃ち落す事は適わぬが、一時的な撃退は出来ていた。
故に、無限に襲い続ける触手の大半はフィレンクトが撃ち落しているので、
ナイトウの銃撃は微々たる助力くらいなものだが、驚く事に撃ち漏らしはなかった。
(;‘_L’)「なんという反射神経をしてるんだ、君は!」
バイクが生む強烈な向かい風の中でフィレンクトは、少しぞっとしながら肩越しに叫んだ。
(; ゚ω゚)「――おじさん! 前!」
(;‘_L’)「っと!」
視界に反映され続けていた予測行動やアラートに注意を戻す。
咄嗟にバイクを傾け、触手の軌道から逃れつつ銃撃する――数が多い、落としきれない。
敵もフィレンクトの評価を改め、一度に使う触手の本数を一気に増やしたのだ。
対し、システム・ディレイクとバイクも本領発揮する。
- 34 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:28:56.40 ID:wdcgY1sF0
-
(‘_L’)「それくらいじゃあ、まだ足りんよ!」
自動作動を続ける対物感知と脅威評価は瞬間的に回避行動をプログラムし、
フィレンクトはシステムが打ち出した予測の通り、特定のバイク操縦を行う。
針を縫うような、精密な動きで触手の中を掻い潜りつつ、更には触手を破壊してゆく。
(; ω )「うおおおおっ!?」
さすがのナイトウも着いていけないほどの速度。
視界にある全ての物が線状の何かにしか見えず、ナイトウは思わず目を瞑った。
(; ゚ω゚)「……はあ、はあ」
そしてバイクの速度が緩み、彼がやっと目を開いた時には、
既に無数の肉塊が宙を舞っていた。たった十数秒での出来事であった。
(‘_L’)「助かったよ。もっと集中しなければな……ホライゾン、大丈夫か?」
( ;゚ω゚)「だ、大丈夫だお! それよりフィレンクトさん、あいつ、全然怯みもしないお!」
(‘_L’)「気づいていたか。さすがカーさんの息子と言うべきかな……。
抗体を撃ち込んでも一向に弱体化しないどころか――――……来る! 掴まれっ!」
多量の抗体を撃ち込まれたはずの“メデューサ”が、より鋭く攻撃を繰り出した。
フィレンクトは、ナイトウがきつく腰周りに抱きついているのを確認し、バイクを縦横無尽に操作する。
- 41 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:33:22.64 ID:wdcgY1sF0
-
(;‘_L’)(ふむ、この速度……どうも不可解だな)
フィレンクトはサーモグラフィとスキャンを起動。
体温に変化無し。体内で液状化といった異状も見受けられない……それどころか、再生を始めている。
どうやら抗体の侵入部である傷口で“抗体は殺され”、体内へ流れていかないようだ。
(‘_L’)(単純に体が巨大であれば必要な抗体量が多くなるのは確認済みだが…………)
フィレンクトは一瞬、敵の体幹に鋭い視線を注いだ――奴の体内に何かが急速に駆け巡る……。
(;‘_L’)(そうか……ハドソン川を利用しているのか)
たとえセカンドでも、水分だけで強力な再生力を得られるとは思えないが、
奴が浸かるハドソン川の水は多量のセカンドの血液とウィルスで汚染されている。
これでは幾ら触手と体幹に撃ちこもうとも、ウィルスを完全に除去するのは無理だ。
観察している内に体幹から更に触手が増え、それらは捻り上げられて巨大な一本にまとまる。
間を置かず横殴りに鋭く振われる。銃撃しつつ、フィレンクトは上方へ逃れようとした。
(;‘_L’)「さすがにこれは撃ち落せないか!」
回避先には他の触手が集合しつつある。
この先回りはセンサーで察知していた為に突破は容易であったが、
(;‘_L’)「キリがない!」
即座に再生を遂げる“メデューサ”が獲物を逃がそうとするはずはなく、
執拗にバイクを追い回し、逃げ場を閉ざし続ける。
- 44 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:35:20.42 ID:wdcgY1sF0
- 敵も自分自身の弱点を庇っているのか、核を狙う隙を与えようとしない。
気づけばジリ貧の戦局。
フィレンクトは僅かに肩越しからナイトウを見た後、強く悔いた。
(;‘_L’)(判断を誤ったな……クソッ!)
――巨大セカンドとの実戦データを採ろうとしたのはともかく、
ホライゾンの情を汲もうとしたのは失敗だった。
二兎追うものは何とやらか……早々にSniperで決めるべきだった!
( ;゚ω゚)「おじさん!このままだとやられ――――」
無慈悲な一撃が振り落とされようとしている。ナイトウは言葉を失う。
頭上に存在するのは、ビルが倒壊してきたが如く巨大な触手だ。
咄嗟にバイクが動く。同時、触手は細かに解け、虫を捕らえる網のように広がった。
(;‘_L’)「その攻撃は失敗だな!」
触手が細く――更に脆くなったのなら突破可能だ。
一点に銃撃を集中させ、開いた穴から上空へ躍り出れば、凌げる。
システム・ディレイクもそのように戦術を提示している。
だが、敵は数多の人間を喰らい知恵をつけたセカンドだ。
(;‘_L’)「なっ!?」
瞬く間に体をゼラチン質の軟なもの――それも強力な消化能力を持つ――へと変える。
川べりでパワードスーツを喰らった時よりも粘度はずっと弱く、そしてこの上空には冷たい風が強く吹いていた。
ゼラチン体は風を受けてバラバラの粒状になって分散し、豪雨のようにフィレンクトとナイトウに襲い掛かった。
- 48 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:38:05.21 ID:wdcgY1sF0
-
(;‘_L’)(ぶ、分離まで出来るとは!――まずい!)
回避不能、システムはそう判定を下した。
システムへの依存と驕りが招いた致命的ミスに、フィレンクトは奥歯をぎりと鳴らす。
――フィレンクトのシステム・ディレイクは未だ不備を持つが、
対セカンド用戦闘システムとして効果を遺憾なく発揮した。
あくまでこの頭部に搭載された超高速演算機構は戦闘補助と支援機能に過ぎず、
時として自身の判断を要する場面に出くわした時、決死を免れるのはデータ収集ではなく、
己の経験の積み重ねと直感であると言える。
後のB00N-D1が数多の結果を叩き出せたのは、両親より受け継がれた武才の影響が大きかったのかもしれない。
事実――――
( ;゚ω゚)「――――川へ! 川へ潜るんだお!」
ナイトウが叫んだ。ほとんど反射的に、思索せずに提案したのだが、
これは経験に則った物とは言えない。生まれながらのセンスが生み出した、直感だ。
- 54 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:42:13.32 ID:wdcgY1sF0
-
(;‘_L’)(ホライゾン!? ……そうか! 水中なら!)
風は強く吹くが、しかしゼラチン体が風に流される程度の重さであれば、
水面に浮くかもしれない。水中に侵入したところで落下速度はぐんと落ちるに違いない。
バイクNIGHTWISHの先頭を水中に向け、急速発進させる。
バックファイヤが少量のゼラチン体を吹き飛ばすが、豪雨は勢力を増す一方。
“メデューサ”はこれを獲物が厭うと悟り、降らすゼラチンの量を増やしていた。
ゼラチン体の着水よりも1.5秒早く、NIGHTWISHは水中へ潜る。
フィレンクトはすぐに水面へ目線を上げた。
黄色がかった固体は水面に留まったまま、川の流れに沿って流れてゆく。
一先ず絶体絶命の危機から逃れられ、フィレンクトもナイトウも口から大きな水泡を吐いた。
水面が荒れる――敵の追撃だ。
無数の触手が川底に突き刺さってゆく。
しかし敵はフィレンクトを見失い、闇雲に刺しているだけであった。
川の底では本体たる歪な幹の周囲に、同じく歪な肉の柱が瞬く間に建ってゆく。
柱の間、浮遊する死骸と土塊の中をフィレンクトは縫って進み、
水面へと聳える“メデューサ”本体から遠ざかる。
(‘_L’)(出来ることならこのまま水中から攻撃したいだが、水面に出なければ)
水中ではレーザー兵器は威力と飛距離を格段に落とす。
雨天での使用くらいならば問題は無いが水中となれば別であるが、
ともかく、長距離攻撃するには再度水面へ出る必要がある。
- 55 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:44:16.53 ID:wdcgY1sF0
-
バイクで水中を進行しながら武器庫を展開し、水泡と共に現れたSniperを握る。
フィレンクトはSniperの先をくいと敵の方に向けて、ナイトウと目を合わせた。
(‘_L’)(ホライゾン、いいね?)
( ; ω )(……僕では、)
( ; ω )(僕では、こいつはやれない。代わりに、頼むお、おじさん……!)
ナイトウは声を出せぬ代わりに、こくりと頷いて見せた。
フィレンクトも頷いて彼に返し、視線を上方――核の方へ移す。
水中でNIGHTWISHの咆哮が轟き、バーニアンから噴出される炎が暗い水中に線を描く。
遠方、突如として割れた水面に“メデューサ”は不気味に光る核を向けた。
が、水面には派手な水飛沫以外、何もない。核の特に赤みのある中心がぐるぐると動き回る。
ハドソン川の上空で、静かに銃口を向けている機械仕掛けの狩人の存在に気づいた。
ぎょろぎょろと動く瞳のように獲物を探していた赤い核は、黄色がかった液体の中で静止し、
その不気味な赤光を一段と輝かせる―――体表に変化が生じる。
《お、お、お、おお、おおおおおおおお、おおおおお》
幹の中ほどに大きく走った亀裂より、獣の声が轟き、
内包していたのではなく、たった今作り上げた異獣の口部を顕にした。
同時に、巨木のような風貌は口部に合わせ硬い毛を覆う―――体液を散らし、翼が広がる。
- 58 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:45:57.35 ID:wdcgY1sF0
- “メデューサ”は別のセカンドへと変わりつつある。
核が、更に光を放ちながら、いつの間にか出来上がっていた尾の端で、
尾の内部に吸い込まれてゆくような動きを見せた。
( ;゚ω゚)「おじさん!」
(;‘_L’) 「――あ、ああ」
敵の変わり様に焦るナイトウの叫びを耳元で聞き、
フィレンクトはハッとして銃を構え直した。
悪い癖が出た、フィレンクトは内心ごちる。
またとない機会を「観察」でふいにしてしまうところであった。
とはいえ、フィレンクトの油断は、妻の考案した“Sniper”の性能に依存してから来たもの。
音速に勝る速度でブルーエネルギー弾を射出できる“Sniper”に狩れぬ物は無い!――と。
(#‘_L’)「!」
合成金属製の巨腕に重いトリガーを絞る。
確かな手応えが走る―――が、それよりも速く、長い砲身から放たれた蒼き閃光は、
激しく上下する尾の末端に位置する赤い核を、的確に貫いた。
- 60 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:47:43.97 ID:wdcgY1sF0
- 薄くも頑丈であった膜が破れ、黄色がかった液体がハドソン川を汚染する。
触手をぴんと張ったまま静寂した“メデューサ”の佇まいは、巨木そのものである。
そして、前触れなく“メデューサ”は大きく震え、
全身の各所で「特有の変身」を起こした。
喰らった者達の姿を反映させる能力だ。
人間や、更にセカンドと呼称される異獣の顔面を、
または指先から臓器に至るあらゆる部位を次々に作り出しては引っ込ませ、また別の姿を浮かべて……
まるでCGの込んだ趣味の悪いパニック映画が空に上映されているような光景であった。
(;‘_L’)(核の制御を失い、暴走しているのか……?)
“Sniper”のスコープから左目を外さず、フィレンクトは考察する。
全身で行われる変化はビデオの倍速再生のように素早くなってゆく。
しかし、誰かがリモコンの一時停止を押したかの如くピタリと、意外性を放って変異は止まった。
最終的に“メデューサ”は、この世ならざる者達の顔を全身に浮かべた状態となった。
おそまじい容姿に誰もが戦慄する中、
あらゆる型の唇からとても断末魔とは呼べぬ虚ろな声を鳴らす。
《あ、あああああああああああああ…………》
最後に再びゼラチン質へとかえって、
ぼちゃ、ぼちゃ、と、耳障りの悪い音を立てながら川底に沈んでいった。
- 63 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:51:39.73 ID:wdcgY1sF0
-
( ;゚ω゚)「終わった……? あいつを、殺ったのかお……?」
目を丸くしたまま、ナイトウは未だ水面に浮くゼラチンを見つめて呟いた。
(‘_L’)「終わったんだよ、ホライゾン。
フィレンクトは“Sniper”を背に掛けたあと、
震えるナイトウの肩に腕を回して穏やかな声で返した。
(‘_L’)「奴の熱源を感知するのは叶わなくなったが、
核を撃たれた奴は恐らく制御を失い、無力なゼラチンと化して沈んだのだ。
奴が再び街を歩き、人々を喰らう事は無い」
(‘_L’)「君の両親の仇は取れたんだ。ホライゾン、君の判断がなければ仇討ちは成し遂げられなかった」
( ;゚ω゚)「僕が、あいつを……? 違うお、おじさんがいなかったら僕は無残に殺されてただけだお……」
(‘_L’)「最後は君のおかげで勝てたんだよ。だから私も無事に帰る事が出来る」
(‘_L’)「心から感謝するよ。ありがとう、ホライゾン」
( ;゚ω゚)「うう、お、おじさん……」
- 64 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:53:02.71 ID:wdcgY1sF0
-
「……トーチャン、カーチャン……仇は……取ったお……」
冷たく硬い腕に涙を落としながらナイトウは咽ぶ。
頭の中を駆け巡るのは、父と母の顔や思い出、夜の街の危険な道中。
どす黒い怒りは晴れたが、達成と後悔が入り混じる味わったことのない感情に襲われ、
ナイトウは形見のBlueBulletGunを握り締め、ただひたすら泣き、夜空に叫んだ。
「帰ろう。ホライゾン。ほら、ツンも岸で君を呼んでいる」
バイク“NIGHTWISH”のライトを点灯させ、岸で喚いている小さなツンを照らす。
ξ;凵G)ξ「ナイトォー! ナーイトォ――ッ!」
後悔の念が激しく胸に渦巻く。ツンに謝罪してもしきれない自分の愚かさをただ悔いる。
あれだけの仕打ちをしたのに、自分を許してくれたというのに、
また彼女を裏切って復讐に燃え、命を省みず奴に向かって……。
自分を心から心配してくれるような者は、もう彼女しかいないと分かっていたというのに――
( ω )「ツン……」
- 66 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:54:32.35 ID:wdcgY1sF0
-
( ;ω;)「うう、くそ、僕は……」
奴ら相手に復讐だなんて、二度とする事は無いだろう。
サイボーグの体を手に入れたいなんて事も思わない。
科学者が作ったあの地下都市で、地上を忘れて生きていようじゃないか。
きっと、トーチャンもカーチャンも、そうした方が嬉しいはずだ。
そう言いたかったんだお……ツン?
ごめんよ。
でも、もう僕は大丈夫だ――――
- 69 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:56:21.30 ID:wdcgY1sF0
- ※
フィレンクトとナイトウは、極めてささやかな歓声で岸へと歓迎された。
時刻は深夜3時17分。巨大な脅威一体を退けたと言えど辺り一帯は――いや、
合衆国全体はまだ暗闇に覆われ、奴等が我が物顔で歩く時間の最中にある。
加えて季節は冬。
多くのセカンドが活動意欲を減退させる昇陽も遅くなる。
ただ、人々が吐く息に白みはない。
空気感染を考慮し、免疫を持たぬ者全員が大仰なマスクを装備して行動しているからだ。
荒巻がくぐもった声を鳴らす。
/ ,' 3「予期せぬイレギュラーの出現だったが、倒す必要は無かったのでは?
他ならぬ貴様が予定を外れた行動を取るなんて、肝を冷やしたぞ」
撤退準備を指示し、その指揮を部下に任せた荒巻は、
フィレンクトと面を合わせるなりバイザーに険悪な目を潜めていた。
(‘_L’)「大佐、あれは少なからず知恵を持つタイプのように思えた。
放って逃げていたら『セントラル』まで跡を追われいたかもしれない」
「それに他のセカンドが持たぬ妙な能力も」。
そう付け加えると、初老の男の顔により深い皺が浮かび上がった。
- 70 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 19:58:08.21 ID:wdcgY1sF0
-
/ ,' 3「……撤退中の迎撃では余計な行動を取る事にならぬよう、期待したいところだな。
まあ、なんだ、私の想像以上に、君の肉体と武器は奴等に効果的のようだ」
言い残し、踵を返す荒巻。
彼の背を納得いかない様子でフィレンクトは見つめるが、
しかし確かに私的な動機を抱いていた事は否めなかった。
フィレンクト自身、あのセカンドが友人の仇であると知って、煮えくり返る思いを覚えたのだから。
ホライゾンの仇討ちに便乗する形になったとはいえ、
荒巻が指摘する通り、フィレンクトの殲滅行動は非常に突発的で、身勝手だった。
(‘_L’)(……だけど、いいじゃないか。
身体の半分以上が機械になっても、私は私らしいままだった)
しかし、荒巻の言い分を重々承知している上で、フィレンクトはそう思いたかった。
ξ(゚、゚;ξ「あなた、怪我は無い!?」
荒巻が離れたのを確認してから駆け寄った、デレ・ディレイク。
ツン、ナイトウも一緒だ。
ξ;゚听)ξ「お父さん! このバカのせいであんな化け物と!」
- 72 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:00:05.47 ID:wdcgY1sF0
-
(; ω )「…………何も言い返せないお」
ナイトウは彼女達から一歩引いたところで小さく呟く。
申し訳なく面を伏せる彼に、フィレンクトは温和な表情を作って肩に手を置いた。
(‘_L’)「ホライゾンのおかげで怪我が無いんだよ。そう責めてやるな。
私だってロマネスクとカーさんの仇は討ちたかったし」
ξ;゚听)ξ「お父さん……」
ξ;゚ー゚)ξ「……そうね。アタシもあいつが死んでスカッとしたもの。
ごめんね、ナイトウ」
(;^ω^)「ツ、ツンが謝る事なんてないお……すまなかったお」
ξ;‐-)ξ「もう謝んないでいいわよ、バカ。
アタシだってさ、アンタの気持ちも分からなくないもの……ただ……」
(;^ω^)「……ごめんお、ありがとうだお、ツン」
「も、もう、うるさいわね……! つ、っつーか、近づかないでよ……」
そう言って顔を背けたツン。ナイトウには、頬を赤らめいたように見えた。
彼女の履くジーンズが、どういう訳か濡れているのも……。
- 74 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:03:36.71 ID:wdcgY1sF0
- ナイトウはデリカシーの無さを誤魔化したく、頭を掻く。
ともあれ、彼女が噤んだ言葉の先は何となく理解できるので、これ以上尋ねるのもヤボだ。
ナイトウはツンが顔を背けているのを良いことに、嬉しさの余り笑みを浮かべた。
(;^ω^)(まあ、漏らしたのは僕も同じだしね……ってか、漏らすお、“外”にいたら)
(‘_L’)「――さて、『セントラル』に帰ろう。まだやる事が山積みだ」
ξ;゚听)ξ「はぁ? まだ仕事する気なの!? ちょっとは休みなさいよ!」
(‘_L’)「サイボーグになったから肉体的な疲れを感じなくなっちゃってね。
睡眠も食事もそこまで必要としないらしい。妙な身体になっちゃったよ。
もっと早く改造すればよかったね」
ξ;゚听)ξ「……あっきれた……」
(;‘_L’)「んん? 何か父さん、間違ってるか?」
良くも悪くも、昔からの父の性分はサイボーグになろうとも相変わらずのようだ。
世界に多大な影響を及ぼす技術を開発しても、当の本人はこの調子なのだ。
とはいえ、サイボーグになってもアットホームな雰囲気を保っているのは有難いかな、
と、ツンは安堵を覚えて呆れる事が出来るのであろう。
ξ(゚ー゚;ξ「まったく……」
夫と娘の見慣れたやり取りを傍観していたデレ・ディレイクも、
血生臭い戦闘と周辺の喧騒で感じていた緊張を解き、ようやく自然な笑みを浮かべた。
釣られ、ナイトウも。もう一つの家族であるディレイク家の一員として、一時の安息に気を許した。
- 75 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:05:48.95 ID:wdcgY1sF0
-
これが家族と過ごす最後の時間だと知らず、まるで予期もせず。
否。予想は可能であった。
常に念頭に置くべき事柄であったかもしれない。
考えうる、最悪なパターンとして。
そう。
ロマネスクとカーの仇を討てた達成感と喜びが齎す浮かれは、
唯一の対抗手段であるフィレンクトすら油断させたのだ。
索敵機能は常時オートで作動を続けているが、だが、
物音を感知してもシステム・ディレイクはあらゆる可能性を提示するだけに留まり、
例えばそれを「小波くらい」にしか判定しない場合が、当時の調整ではあり得たのだ。
実際、膨大且つ緻密なアップデート作業を繰り返し、
シリアルナンバーを当時フィレンクトの持つA09Z−C2からB00N-D1へと書き換えて至った2059年であっても、
ナイトウは些細な物音にも慎重に対応する事を心がけている―――
そう、それは―――突如幕を上げた惨劇を目の当たりにして、である。
彼らの頭上で爆発音が鳴り響き、再戦を告げた。
- 77 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:07:13.92 ID:wdcgY1sF0
-
木っ端微塵に散った残骸が、脱出用の貴重な装甲車の一つであると理解してか。
不意を突かれた事も加え、その場の多くの者が唖然とし、
半ば棒立ちの状態で燃える火を見つめた。
しかし唯一、情報処理システムの自動収集が効くフィレンクトがいた。
状況変化に合わせ咄嗟に光学機器のズーム機能を起動、
より詳細な情報を得て知る。
頑強な金属性のドアに穿たれた溝の数々。
それから、装甲車の爆発で吹き飛んだ人間の死体――酷い裂傷から察すると、
どうやら爆発によるダメージを負ったものではないらしい。
するとやはり、新手による攻撃と考える他、ない。
「う、うああああああああああああああ!!」
脅威を退け、数秒前まで共に撤退準備に取り掛かっていた同胞。
そんな彼等が、物をいわぬ奇怪な塊に変貌したのを見、取り乱す隊員は少なくなかった。
中には恐怖に駆られ、悲鳴を挙げて何処かへ逃げようとする者もいた。
敵からすればそれは格好の的であったようで、
「何か」に上半身と下半身を分離させられてしまう。
- 78 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:09:24.75 ID:wdcgY1sF0
-
気づけば状況は、瞬きする度に人が消えてゆく危機に豹変。
フィレンクトすら殺傷力に戦慄するが、すぐにBlueBulletGunを構えて「何か」の出所を探る。
彼のみ、集音機能の働きで漠然と敵の居所に目をつけていた。
フィレンクトはハドソン川に銃口を向ける。
それを見て軍人達も銃を構えたが、フィレンクトが怒号を放つ。
(;‘_L’)「やめろ! 無理だ! 私が迎撃にあたる! 皆は撤退を!」
「し、しかし……」
(;‘_L’)「かまわん! 私も相手をするつもりはない!
荒巻! 早くこの場から撤退を! 何が起こるか分からん!」
/;,' 3「わ、わかった! 直ちに『セントラル』に撤退する!
――おい! デレ・ディレイクらを彼から離れさせて、とっとと装甲車に乗せろ!」
フィレンクトの率直な言葉を、誰もが素直に呑む。
荒巻スカルチノフの統制の下、迅速で統一された動きを取り戻し、
場に残存する隊員達はトラックや装甲車に駆け込んだ。
- 81 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:11:40.03 ID:wdcgY1sF0
-
ξ;゚听)ξ「お父さん! お父さん!!」
( ;゚ω゚)「おじさん!」
ξ(゚、゚;ξ「貴方!」
ただ独り、異形が潜む暗い川に臨むフィレンクトに向かい、
3人は屈強軍人の手に引かれながら延々と叫んだ。
敵は凶悪で、手ごわいと、被害を目の当たりにしたデレとツンですら理解できる。
フィレンクトは不安を浮かべる3人に対し、笑顔を浮かべ大きな声で返した。
(‘_L’)「なに、無茶はしないよ! ここから君達が離れたらすぐに後を追う!
私にはまだ作戦部隊の護衛という任もあるしね!」
ξ(゚、゚;ξ「……早く追いついてきなさいよ!」
彼の妻であるデレが、今にも泣きそうな表情で叫んだ。
揃って表情に浮かべる不安が払拭されないまま、
3人は頑強な装甲車へと急いでいった。
敵の攻撃範囲は不明だが、これで生存率は上昇しただろう。
フィレンクトは一先ず安堵の息を吐いた。
- 83 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:16:05.41 ID:wdcgY1sF0
- 敵の第一撃から数え約20秒で先行部隊の車両が発進した。
彼等の役割は『セントラル』までの道中のリスクを察知し、撃退する事である。
これにはフィレンクトも同行する予定であった。
フィレンクトを欠いた今、リスクを察知した段階で通信は途絶えるかもしれない。
荒巻は優先順位を理解して人を動かしている。
犠牲を選んでいると言う方が相応しいかもしれない。
しかしこの状況で、我が娘と妻、ホライゾンを安全に運ぶよう算段している冷酷な指揮官に、
フィレンクトは感謝の念を覚えずにはいられなかった。
(‘_L’)(不謹慎だが……荒巻、頼んだぞ)
フィレンクトは“NIGHTWISH”を呼び寄せてシートに飛び乗り、Sniperを構えた。
位置特定に努めはいるが―――恐ろしく早く、未だ姿を捉えられない。
スキャン起動で探る水中は、激しく変動する水流と水泡ばかりが視界に映っている。
集音レベルも最大だが、ノイズが酷く、便りにならない。
これは鳴き声なのだろうか。
きぃ、きぃ、と、奇妙な音が水中で広範囲に渡り響いている。
- 84 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:17:46.90 ID:wdcgY1sF0
- 敵は声を発しながら高速でランダムに動いているようだが、肝心の音の出所を掴めない。
近距離にいたかと思えば、次の瞬間には遠方に位置する……
捉え所のない戦局を、フィレンクトは歯がゆく感じた。
フィレンクトは先ほどから敵の浮上を狙い撃ちたく
“Sniper”のスコープに右目をあてがっていた。
スコープで狭まった視界は、大いに荒れる水面のみが映っている。
デレ達が乗る装甲車が走り出したのを、フィレンクトは音で知る。
そこで、当然のように安堵を胸に芽生えさせたフィレンクトは、同時に気を許してしまった。
目で、車を追ったのだ。
即ち、“Sniper”とのリンクを解除したのだ。
―――これが偶然の重なりであったか、
それとも敵が何らかの手段でフィレンクトの動きを把握していたか……
どちらの可能性も存在していたが――――突然、水面で大きな動きが生じたのだ。
(;‘_L’)「しまった!」
咄嗟に視線を向きなおし、視認しようと努めるフィレンクト。
しかしながらこれは、人間の時の悪い癖、習慣を忘れられない新米サイボーグによく見られる行動だ。。
十分に戦闘経験を積んだサイボーグ兵士は、たとえ旧式の仕様であっても情報を元に対応するものだ。
- 86 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:20:11.73 ID:wdcgY1sF0
- サイボーグであれど、実戦において戦力に足りえるかどうかは、経験に左右される。
多種多様の情報を提示され、それらが手に取るように全て理解できても、
意思決定から出力に至るまでの神経伝達が生身の人間より遥かに速くても――――、
状況判断から意思決定へ繋ぐ能力は、手の加えられていない人の意思の部分によってされるものだ。
水面を注目しすぎてしまっていたフィレンクトは、
既に頭上から接近していた敵セカンドの攻撃に気づくまで余りに長すぎるロスを作ってしまう。
もっとも、敵の動きが速すぎるのも重要なファクターではあるが――――
高い位置からの、“触手”を利用した攻撃。
触手――それは緑がかった見覚えのある物に酷似しているどころか、“奴”の持つそれである―――
(;‘_L’)「なっ――こいつは――」
地上へ放たれた一撃はフィレンクトの胸の装甲を抉り、
“NIGHTWISH”のフロントボディを貫き、木っ端微塵に大破させた。
不恰好な姿で爆風に飛ばされるフィレンクトに、多量の触手が降り注ぐ。
分泌するアドレナリンが見せるスローな世界でフィレンクトは戦慄した。
(; _L )「――――くっ!」
油の切れた機械のように隻腕がキレの悪い動きを一瞬見せるが、
一度意思決定したフィレンクトは“Sniper”を敵の攻撃範囲外へ投げ、
大腿に装備したBlueBulletGunを高速で抜いて、触手を撃ち抜いてゆく。
- 87 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:22:04.52 ID:wdcgY1sF0
- だが、初期動作が遅すぎた。
当然撃ち漏らしは多く、フィレンクトは脇腹を抉られ――膵臓を失う――、
頬を獲られ――索敵の重要部分を司る右アンテナを失う――、
右肩を貫かれ――元より腕は無いが――彼は触手で地面と繋がれてしまったのだ。
(; _L )「ぬうおおおおおおおおおおお!!」
意思とは無関係に苦悶の声を上げるが、痛みに介する猶予などないと本能的には理解している。
地面と自分を繋ぐ触手を左手に持つ銃で撃ち、
開放されると同時に地を肘で打ちつけ、転がって敵の攻撃をかわす。
《オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ !》
“タツノオトシゴ”に似てるだろうか。
元々奇怪な生物に似たセカンドの全身に備えられた触手は、降り注ぐ。
フィレンクトは肘や足を使っての低空ジャンプやローリングを連続し、
敵の攻撃を避けつつ迎撃を続け、抛って確保した“Sniper”の元へ急ぐ――BlueBulletGunをしまい、
“Sniper”の柄をつかむ。
(;‘_L’)「喰らえ!」
敵の、間抜けた形の頭部を撃ち抜く。
脳髄と骨片をばらまいたと同時、黄土の軟な姿に“メデューサ”は戻った。
- 88 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:24:28.63 ID:wdcgY1sF0
-
フィレンクトはすかさず核を狙い撃つ。
破れた核膜から赤い液体を垂れ流しながら、“メデューサ”は振るえながら姿形を次々と変え、
やがて元のゼラチン体となって地に崩れて広がった。
(;‘_L’)「こいつは……一体……」
生命維持装置の働きにより、痛みで撓む身体はすぐに正される。
覚束なかった足取りも何事もないかのように正常となる。
サイボーグ兵士の生命維持に関し、注力した努力が自分自身に返ってくるとはと、
フィレンクトは深く息をつきながら思う。
戦闘態勢を解かず、岸を警戒しながら離れる。
――――敵の正体は、以前取り込んだセカンドへと変貌した“メデューサ”だった。
(;‘_L’)(気がかりなのは、こいつは、私とナイトウが倒した最初の一体目ではなく、
もう一体の存在した同種類のセカンドだった、という事だ)
振り返り、音を立てずコンクリの地面を覆い尽くさんとするゼラチン体を見つめた。
動きは無い。パルスや呼吸音は元より存在しないが、
到底生きているとは思えない状態である。
(;‘_L’)「……まずいな」
危険を退けたが、フィレンクトは視覚の一角に映る身体状況を見て、重く呟いた。
- 91 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:27:17.03 ID:wdcgY1sF0
- 先ほどの攻撃で索敵機能の大半が死んだのだ。
ハドソン川、および周辺のセカンドの位置走査に正確さを期待できない。
残る左耳の集音は生きているが、これだけで敵の強襲に備えられるとは思えない。
フィレンクトは凪いだハドソン川をちらりと見る。
この妙な静けさが逆に不穏を煽られる思いをした。
スキャン機能を起動し、暗黒の川を見渡すが、妙な影は見当たらない。
ただ、嫌な気配を感じてしまう……失態を繰り返し自信喪失しているだけだろうか?
だとよいが……――――
(;‘_L’)(荒巻達に追いつかなくては……)
不穏を煽る波音が立つ川から視線を外し、フィレンクトは駆けた。
- 94 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:29:32.78 ID:wdcgY1sF0
-
―――ゾッ―(;‘_L’)――――
突然、視界の一角に表示されたデータ――数多の音源を感知、位置は、背後。
(;‘_L’)(まさか……)
足を止め、振り返ったフィレンクトが見たものは、
憎き仇の同種セカンドの群れ。
大小異なれど、フィレンクトを恐怖させたセカンドが、
今度は群れをなして川から姿を現したのだ。
(;‘_L’)「川底に、身を潜めていたのか……?
それとも今、渡島を……? し、しかし、この数は……!」
暗き川と空をバッグに、
総勢20体の特殊変異体が、地に散らかった同胞のゼラチン質を踏みしめた。
- 97 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:31:15.69 ID:wdcgY1sF0
- 圧倒的な数を前にしてフィレンクトは一瞬怯みこそしたが、
冷静に状況を見定めようと努める。
あのゼラチン質は強力な溶解を誘う性質を持つはずだが、
奴等は植物の如く根から同類のゼラチンを吸い上げている――根を、ゼラチン質へ変えている。
やはり、あの形態はウィルス本来が持つDNA走査能力を含む“喰う”に適しているらしい。
一面に広がる黄色がかった粘性の液体が消え去る。
瞬く間に一回りほど身体を成長させた奴等は、
赤き核を強震して放ったのか、高音で辺り一帯を包み込んだ。
すると周囲の破壊状況が一気に進行した。
巨大な橋を支えていた柱の頑丈な鉄筋コンクリートに亀裂が走る。
ここに隣接する高層ビルなどもガラス窓を破砕された。
(; _L )「うっ――あッ――!?」
無論、凶音は合成金属に覆われたフィレンクトにも襲い掛かる。
体内の全てが人工的に作り変えられた訳ではない。
針で突かれた、鋸で切られた、数多の痛覚がフィレンクトを悶絶させた。
WARNING、WARNING、WARNING、DANGER、DANGER、DANGER――――
システム・ディレイクが想定する損傷状況は、秒間隔で更新され続ける。
フィレンクトのサイボーグたらしめる部分も轟音に耐え切れず、損傷が生じた。
駆動系統、神経系統、電力系統、左耳部の集音機能、
次いでフィレンクトを立たせる源力たる生命維持装置に不具合が発生。
- 99 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:33:07.33 ID:wdcgY1sF0
-
「がっ、ふあ、あ、あが……」
それまで装置に支えられていた、あるいは誤魔化されていた身体のダメージは、
そのまやかしを解かれフィレンクトに牙を剥いた。
体内を駆け巡る管が漏れ、止血と鎮痛を促す薬剤の供給はストップ。
循環系統の動作にも異変。
急速に襲う痛み、息苦しさに気を失いかけ、遂には膝をつく。
朦朧とする視界の中、まだ生きているミリ波走査システムにより、
敵の前進を確認する―――まずい、このままでは――………
(; _L )「は、はあ、はあ、はあ、」
絶体絶命の状況だが“声”は止み、ようやくフィレンクトは顔を上げる事を許された。
上空に吹きさぶ強風にガラス片がこの場へと流れ込む。
残る照明器具と敵の赤き光に照らされる無数のガラス片は、膝をつくフィレンクトに降り注いでいる。
ある種、煌びやかであろう絵の中、意識朦朧のフィレンクトは最終的な損傷状況を突きつけられた。
(; _L )「……くっ」
簡略すれば本来の約30%程度を発揮できる、という結論に至る。
ラン、ジャンプといった身体能力は勿論、索敵能力と戦局判断能力も同様に落ち込んでいる。
いや、このまま戦えば、敵に撃ち込まれた楔で身体能力が更に低下する事だって考えられる。
フィレンクトは、生きて帰る事は叶わぬかもしれない、そう覚悟した。
- 100 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:35:10.82 ID:wdcgY1sF0
-
だが、フィレンクトは、
(; _L )「ぬおお……!」
声を搾り出し、立ち上がった。
顔は、危機に瀕し焦りこそ浮かべているが、絶望の色はない。
まだ、手は残されている。
“オート”が。
(; _L )「……やるしかない」
フィレンクト生来の脳と、システム・ディレイクから出力されるコントロールの一部を
“オート”に切り替える。
“オート”とは即ち、「システムが自動収集する情報」と、
「フィレrンクトが直接認知した情報」を基に、身体を自動制御させるプログラムだ。
フィレンクトの意識と気力がある続くか、フィレンクトによる停止宣言が行われぬ限り、
“オート”プログラムはフィレンクトを動かし続けるのだ。
- 103 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:37:35.08 ID:wdcgY1sF0
-
(; _L )「やれ」
オートコントロールスタート―――――
銃口を上げる――否、右腕が意思に反して独りでに上がり、銃口を敵に向けた。
猛然と迫り来る異形の奇人の「頭」をフィレンクトは“Sniper”で撃ち抜く。
蒼々なる閃光は核を射抜き、奇人は単なるゼラチン質へ還った。
(; _L )「うううああああああああああああああッ!」
フィレンクトは悲痛な叫びを空に上げた。
射撃の反動で、肉体の痛覚が及ぶ部分に強烈な痛みが齎されたのだ。
フィレンクトが苦悶の声を上げる一方、システムは無慈悲に身体を動かさせる。
両脚がコンクリの地面を蹴り付け、想定した敵の攻撃範囲の外に逃れる。
酷い痛みは伴う。
だが、この一連の動作を自らの意思で遂行しようとしていれば、
痛覚を厭うあまり動きを散漫にし、猛烈な刺突を受けて両脚を失っていただろう。
迎撃を終えて、システムは徹底した撤退行動にシフトした。
爆破作戦で余った装甲車に目をつけているらしく、フィレンクトを遠方に見える車へと導く。
未だ影すら置きざりにしてしまいそうな速度で疾駆――エネルギー切れの“Sniper”を捨て、
BlueBulletGunに持ち変える。
- 104 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:39:20.75 ID:wdcgY1sF0
- 攻撃、回避、その全ての動作中、やけにフィレンクトは頭部を左右に振るっている。
索敵機能の大部分が失われた故、直視で状況を掴むしかないためだ。
幸い、カメラの性能は保てている。
高速で変わりゆく世界で的確に攻撃軌道を捉え、飛躍し、かわす。
ジャンプ中身体を捻っての崩れた体勢でも、BlueBulletGunによる正確無比な射撃を放った。
追撃に向かわせた触手の多くが撃ち落されると、
“メデューサ”どもは業を煮やして特異の能力を発揮した。
各々が奇妙な姿格好を持つ異獣へと肉体を変え、飛行、蛇行、走行、
あらゆる方法で車に逃げ込まんとする獲物に殺到する。
フィレンクトは、車のエンジンが始動していると予め確認している。
ついでにドアも開いている、と。
指紋認証式のセキュリティが解除されていなければ、退避手段は絶たれていた。
偶然が膳立てした車にフィレンクトは有難く思いながら飛び込み、
オートコントロール作動中故の素早い動作でレバーを操作し、ペダルを踏んだ。
異形どもの凶手が車の轍を跡形もなく消し去る。
(; _L )「はっ……はっ……」
激痛が絶え間なく襲い続ける。車の運転すら、こうにも体に辛いものとは……。
オートコントロールは作動しているが、フィレンクトは痛む腹や胸を押さえたいとは思わなかった。
フロントガラス――フロントディスプレイと言うべきか――の一角に映る映像が目に付くのだ。
- 105 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:41:05.56 ID:wdcgY1sF0
- 当然かもしれないが、多勢のセカンドが猛然と追跡している――速い、振り切れない。
情報処理システムも同じ判断を下している。
AIではないが、自立したシステムに意思決定させ続ける方が生存確率は高まるはず。
このまま、奴等がより素早い身体能力を持つセカンドに変身しない限りは。
情報処理システムも然り、そのように判断している。
フィレンクトの脳裏では、先の見えぬ想像ばかりが先行していた。
再びツンとデレに会えるだろうか、と。
ディスプレイが映すセカンドどもを再び見ると、一抹の不安が頭を過ぎた。
(;‘_L’)(……よくよく考えてもみれば、このまま帰還する事は許されないのだ。
奴等を『セントラル』に導いてしまう……
そうなれば、人類は抹殺されてしまうだろう……どうする……!?)
そうフィレンクトが考えようとも、
オートコントロール下にある限り決して完全な迎撃行動に移行しようとはしない。
そもそも、このプログラムはセカンド殲滅を目的に組まれたものではないのだ。
フィレンクトが自分自身を保護する為に設計したものであり、
この設定を書き換えるにはラボで十分な時間を要さなければ不可能だ。
- 108 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:44:10.04 ID:wdcgY1sF0
-
どうする。フィレンクトは再考する。
私の生存確率を高めようと、
システムはひたすら私を『セントラル』へ帰還させようとしてくれている。
だが、このまま奴等に追われ続け、『セントラル』に連れ込む事となるだろう。
決断の時が迫る。
これ以上、奴等を『セントラル』に近づけるのは、まずい。
やはり、オートコントロールを解除し、奴等と交戦するべきか……。
そう考えた時、フィレンクトの脳裏に現れたのは、友のロマネスクだった。
(;‘_L’)(そうか……友よ、ロマネスクよ)
私も、一児の父親だ。
愛娘のツンが奴等に喰われるなど。
最愛の妻が汚らわしく凶暴な淫欲の的となるなど、断じて許せん。
未完とはいえ、奴等の前には私が非力も同然だとは分かっている。
分かっているが―――-是が非でも奴等を娘と妻に近づけてなるものか。
- 111 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:46:47.27 ID:wdcgY1sF0
- ロマネスク、君も私と同じ気持ちだったのだろう。
君はやはり誇るべき友だ。
私は君のような人物と友となれて、本当に誇らしい。
君に比べ、私はなんと矮小な男なのだろうか……ああ、恥ずべきだ。
絶体絶命の状況であったとは言え打算を……いや、今更言い訳がましい事は言わん。
我が身ばかりを思っていた事が恥ずかしい。
ロマネスク、カーよ。
せめて見守っていてくれ。私の決死の抵抗を。
そして、ツンとデレ、ホライゾンの未来を、私と共に案じよう。
まあ、あわよくば生き残りたいものだがね……。
(;‘_L’)「オートコントロールを、停止する」
- 113 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:49:05.26 ID:wdcgY1sF0
-
1500m進んだ所でブレーキを思い切り踏み、フィレンクトは車を降りた。
(;‘_L’)「ふう、ふう、」
あまりの恐ろしさに機械の身でも竦みそうになるが、深く呼吸する事でどうにか正常を保つ。
醜悪な異形の軍勢を見据え、BlueBulletGunのカートリッジを交換し、握りを確かめた。
《ぎゃがバラあるアアあるるあははあがあばああふぁがああかあがががぎがはが》
多種多彩だが叫びは全て狂乱に属すか。
その音圧はフィレンクトの装甲を振るえさせるほどだ。
街を騒がせるにも十分すぎる音量である事は無論だが、
もっとも街中のセカンドはフィレンクトの車の走行音を聞きつけているだろう。
この通りに殺到するのはそろそろ頃合のはず。
それでいい。そうフィレンクトは思う。
私へと奴等の的が絞られるのなら、結果的に殿は務まったはずだ。
デレ達と、荒巻達の生還の後押しとなろう。
(#‘_L’)「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
隻腕の、傷ついたサイボーグが暗黒の街道を疾駆する。
今度は、自らの意思で四肢を動かして。
- 114 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:51:25.96 ID:wdcgY1sF0
- 高速で動作する度、生身の部分に鋭く痛みが差し込む。
フィレンクトは苦痛に顔を歪めた。
それでも、より負荷のかかるジャンプを果敢に行った。
重厚な壁に亀裂が入った超高層のビルに飛びつき、
ガラスを失った窓に足をかけて更に上方へ飛んで向かう――飛行型セカンドが追跡。
背面の形で空をゆく敵の真上に躍り出て、
BlueBulletGunを地上に向け乱射した――飛行型が頭部を失って墜落。
弾丸に反応し切れなかった何体かの異形は、被弾箇所から溶けた肉を落とす。
断裂した筋繊維で繋がってだらしなく垂れる腕や足の数々。
それらはブルーエネルギーの本質であるアンチウィルスの効力により、
肉も血も泡立ち、粘り気のある赤いドロ状となって地を汚した。
すると“メデューサ”のトランスフォームが乱れる。
抗体が器官を狂わせたか姿を上手く保てず、元の緑色の肌を現した。
特にダメージ甚大な者は、とうとう弱点たる核を晒しだす。
(#‘_L’)「よしッ、想定の、通りッ」
フィレンクトは見逃さなかった。
降下中に襲い掛かる飛行型の敵を撃つ一方、正確無比な射撃で真っ赤な核を撃ち抜く。
フィレンクトが敵の中心たる位置に着地すると同時、核を失った“メデューサ”がゼラチン質へ還る。
これで、残り12体――――やれる、生き残れる。
- 116 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:54:18.09 ID:wdcgY1sF0
- 宙に飛散したゼラチン体が重力に引かれてゆく。
無力な状態だが、ゼラチン体の危険な性質は残っているままだ。
(#‘_L’)「ぬううッ!」
フィレンクトはゼラチンの雨を掻い潜り、撃ち抜き、
敵に狭まられていても尚広大なスクランブル交差点の中心で、立ち回った。
発揮出来る限界の速度で敵を集団の内部から攻撃。
すると比例して敵の抵抗も加速した。
敵は互いを傷つけぬような位置取りを保っているが、上空に退避すべきだとフィレンクトは判断する。
背面を向ける敵――巨大で毛に覆われている、熊ような姿――の頭部を、
スキャン機能で内部を覗き見ながら弾丸を放つ――空洞から色の悪い血液が噴出。
スキャンを持っても弱点たる核の位置を見つける事は出来なかったが、
それでも脳がセカンドであっても重要な臓器になっているのはロサンゼルスで立証済みだ。
変身中の“メデューサ”は脳を失った事を厭い、元の姿に戻り、核を晒すだろう。
標的の背を駆けるフィレンクト。
再び上空から弾丸を浴びさせようとするフィレンクトの表情は、鬼気に満ちている。
だが、
(;‘_L’)「何!?」
敵の背から離れたばかりのフィレンクトの足が破砕する。
攻撃の負荷が加わり思わぬ方向に飛ばされ、フィレンクトは地を転がった。
- 118 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:56:40.79 ID:wdcgY1sF0
- フィレンクトは咄嗟に上体を起こし、仰ぎ見る。
フィレンクトが心臓を撃ち抜いた異形は、爬虫類に近い姿への変身を間もなく終えようとしていた。
頭に開けた風通しの良い穴も、健康な色をした皮膚で閉じられている。
ジャンプの直前で、行動不可能と思われたこいつに、攻撃を受けたようだ。
(;‘_L’)(……土壇場で私は読みを誤ったのか……)
嫌な予想がフィレンクトの頭を過ぎる。
そして、その予想は不幸にも的中していた。
セカンドとて、脳を破壊されれば思考と神経伝達は当然不可能となり、
死亡も同然の状態となるだろう。
だが、変身中の“メデューサ”に限り、活動停止させるには二段階の手順を踏まなければならなかった。
変異中の別の身体を破壊、あるいは抗体で弱体化させ、本来の“メデューサ”の状態へ戻し、
最後に弱点の核を撃ちぬく、という手順が必要。
これは、フィレンクトが敵との数度の攻防で知りえた情報だ。
ただし、手順の一段階目をクリアするのに必要な抗体量は、
他のセカンドと同様、肉体の大小で決定されるようだ。
しかも脳や心臓を撃ち抜いた所で「メデューサの意識」を断つに至らないらしい。
更に、制御の全てを核で行う“メデューサ”にとって、臓器とは一時的な循環を行うのに必要なだけなのである。
トランスフォーム中に受けた身体的ダメージは本来の姿形に戻るか、
別の姿にトランスフォームする事で、完全に回復してしまうのだ……まるで無かった事のように。
つまり、敵の許容量を越える抗体を注入しない限りは、最悪のループが繰り返されるのだ。
- 119 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 20:59:25.73 ID:wdcgY1sF0
-
(;‘_L’)「ちぃッ!」
一瞬で敵の回復プロセスを解明しつつ、
左腿から連射性と弾速に富む15cmBlueBulletGunを取り出す。
システムが提示する最適なターゲッティングを遵守し、銃撃を断続的に繰る。
もっとも、単純に、フィレンクトへの攻撃可能範囲に入ってくる敵を、順に撃つだけだが。
中でも二足歩行の爬虫類型の“メデューサ”――頭部はカメレオンそのもの――が、
恐ろしい速度で肉迫する。
BlueBulletGunで敵頭部に15cmの弾丸を高速で射出。
しかし“メデューサ”が選択した姿は視覚と反射神経、身体の柔軟に優れていた。
高速で迫る弾丸に対しそのまま突っ込み、全身を極限まで低めて回避。
この目にも留まらぬ攻防の末、“メデューサ”がフィレンクトに飛び掛った。
(; '_L’)「ッ――――」
BlueBulletGunの斜角を上げる――何かが高速で目の前を横切ったと思うと、
褐色の巨大な壁が目の前で聳えた。
声が出す前に、オイルで黒く澱んだ血が顔面を汚す。
フィレンクトの上半身と下半身を分つ“メデューサ”が、
血を浴びて下卑た声を鳴らした。
(; _L )「あ、が、」
血反吐を吐きつくした後、断裂部で紫電が走り、数秒後に小さな爆発が生じた。
- 121 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:03:49.12 ID:wdcgY1sF0
-
――もう、終わりだ…………それでも、まだ……!
気力を失い、上体を地に預けようとした瞬間、
フィレンクトは再びオートコントロールを起動した。
退避行動を採るシステムが行うであろう反撃で、せめて一矢報いようと。
だが、フィレンクトの身体は、何もしようとしなかった。
その違和感を覚えるや否や、フィレンクトは身体の亀裂から上る硝煙に気づいた。
曇ろうとする視界をスキャンで鮮明にし、敵の顔を確認、フィレンクトは反撃に期待した。
(; _L )「あ……あ…………」
被撃から一瞬遅れ、システムが損傷状況を更新すると同時。
生々しく輝く舌、その先にある物に気づくまでは。
丸まった舌先には、へしゃげた右腕が包まれていた。
そして嘲笑うかのように喉を鳴らし、砕いた。
- 122 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:06:54.96 ID:wdcgY1sF0
- まだ生きている機能――集音と熱源感知――が、周囲に“メデューサ”が集まったのを確認。
更に、一連の騒動を聞きつけ、獲物にあり付けると期待した他のセカンド共も、
緑色の奇妙な生物が蠢く街道に集合し始めている。
“メデューサ”達が一斉にトランスフォームを解く。
フィレンクトはデジタルグラフィックで描かれた視界の一角で、
“メデューサ”が他のセカンドを捕食しようと動いているのを知り得る。
(; _L )(このまま、私も、喰われて、死ぬ……)
腕の一本でも残っていれば脱出は出来たかもしれない……いや、
私に馬乗りしたコイツが決して逃がしてくれないだろう。
おぞましいカメレオンの、奇妙に裂けた口の端から旺盛な食欲を示す臭い涎を顔面に受け、
フィレンクトは絶望感を味わいながら、そう考えた。
濁りのある無色の涎が徐々に黄色がかり、爬虫類の姿からゼラチンの塊へと崩れた。
真っ二つとなって剥き出しになった数々の装甲や配線、人造骨格、生身の傷ついた臓器は、
ゼラチンの凶悪な溶解力を持って瞬く間に吸収された。
黄色がかった塊はフィレンクトを一気に溶かそうとはせず、
一本の触手を生み出して首に巻きつき、核の前に持ってきた。
(; _L )「う、あ、」
フィレンクトは痛みで呻くしか出来ず、赤き核に映る四肢無き自分の姿を見てゾッとした。
一方の“メデューサ”はまるで動かない。
物珍しく観察しているようだ。フィレンクトにはそう見えた。
- 124 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:08:55.79 ID:wdcgY1sF0
-
(; _L )「なに、を……ッ! が! あ、ごあっ あ あ あ、 あ !」
すると、もう一つ触手を作り、触診を始めた。
器用にも触手の先端だけゼラチン質に変えて、
特殊ラバージャケットなど簡単に溶かして、頑丈な装甲をなぞる。
新しい激痛が、フィレンクトの生身の方の神経に走った。
腰の断裂面はゼラチン質で焼かれ、もはや無感覚だが、
装甲を剥がれた腹と胸は常に火に炙られているような激しい痛みと熱を感じる。
次々に生身と人造の機関を破壊され、人造の背骨が血を滴って風に靡いた。
パルスは微弱、死は間もない。システムがそう告げる。
次に“メデューサ”は、片耳を削ぎ落とした後、
顔の半分のスキンを上手に溶かし、金属製の頭蓋骨を暴いた。
核には、フィレンクトが見慣れた物と、と機械仕掛けの物が合成した、醜い顔が映る。
“メデューサ”は、まだ喰おうとしない。
ずたぼろに弄ばれた人形の如き獲物を、ただ見つめ続けた………そうか、お前は―――
(; _L )「お前 は…………信じ られ ない が、
私を 観察し、理解しよ うと して、 いる、ら、 しい」
フィレンクトは、核に語りかける。
明瞭とは言えぬが意識も保てている。
ただ、聴覚を失っている自分が上手く喋れているのか分からないまま、語りかけた。
- 127 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:12:02.46 ID:wdcgY1sF0
-
( _L )「だ が、観察 して、 いるの、は 私、も、 だ」
( _L )「いず、れ、現れ る 後継者の、 為に 情報 を――――」
――――数多の炸裂音がフィレンクトの必死の言葉を掻き消した。
舌にまとわり付く血の味しか感じられぬフィレンクトだが、
朦朧とした視界の中、巨大な火柱を見た。
頭上で、何かが猛スピードで横切ったのも、確かに感じた。
――それはミサイルだった。
人の叡智が生み出した炎が、ゼラチン質の“メデューサ”に変異を強制させる。
ゼラチン体時は炎に弱いのか、耐熱に優れた皮膚を持つ化け物に次々と姿を変えていった。
フィレンクトは瞳だけを動かし、ミサイルの出所を探る。
真っ暗な街道の中、近くに立ち並ぶ火柱に向かって進む縦隊があった。
ランチャーを搭載した装甲車の隊は、
(; _L )「な ぜ 」
先ほど『セントラル』へ撤退したはずの部隊の物であると、
フィレンクトが得た記録がそう一致させた。
- 128 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:15:17.90 ID:wdcgY1sF0
- 微弱であった心臓の鼓動が、一瞬強くなったような気がした。
フィレンクトは「まさか」と思いながらも、
ズームとスキャンを同時起動して車内を覗く。
(; _L )「く、るな、くるんじゃ、ない」
(; '_L')「来る、な……! 戻、れ……! 戻れええええええええええええええ!!」
フィレンクトは力を振り絞り、彼等に叫んだ。
ξ;゚听)ξ「お父さん!!」
ξ(゚、゚;ξ「フィレンクトッ――――!」
( ;゚ω゚)「おじさん! クソ! あいつ、一匹じゃなかったのかお!」
そしてツン、デレ・ディレイクも、ホライゾン・ナイトウもまた、
悲哀と絶望、怒りを混同させた叫びをフィレンクトに放ったのだった。
- 131 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:20:14.26 ID:wdcgY1sF0
-
(; _L )「戻れ、戻って、くれ」
フィレンクトの擦れた声は届くはずもなかった。
爆撃は止む事を知らず繰り返された。
広範囲に及ぶ火炎放射の攻撃は、比較的自然の多いリバーサイドの貴重な木々を焼き払いつつ、
建造物に内臓されたオートメーションを巻き込んで誘爆させ、更に火を煽った。
明かりのない闇夜が炎で照らされ、この暗闇の中でも煙を彼等人間に視認させた。
同時に、奴等セカンドの無傷な姿を目の当たりにさせたのだった。
火に照らされた彼等の顔は急速に勇猛な色を落とし、恐怖に染まっていった。
彼らは恐怖の声を恥らいなく上げながらもトリガーを緩めず、
獰猛に迫り繰る巨大な肉体に弾丸と炎、レーザーを放った。何度も、何度も。
「う、撃て! 撃て撃て! 撃ちまくれぇ――――!」
パニック状態の中、ツンとデレも、BlueBulletGunの雛形たる拳銃で応戦した。
しかし、少量の抗体を撃ち込むだけの銃では奴等を怯ませる事くらしか出来ず、
素早く走り、飛び、飛行するセカンド達の動きを止められなかった。
刃物を混ぜた突風が通過するようだった。
ナイトウら3人の壁となるよう、前衛を務める軍人達は一瞬でばらされ、
血まみれの筋繊維と体液が糸を引いた気味の悪い塊と変わっていった。
それが腕なのか足なのか、彼と彼の顔が一緒くたに積まれ、
友人ですら誰がやられたのか判断できないくらい、彼等は一方的に蹂躙された。
- 133 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:23:28.29 ID:wdcgY1sF0
- 3人の目の前に無造作に詰まれてゆく肉塊を、
“メデューサ”達はゼラチン体に戻って呆気なく溶かし、喰う。
彼等はでっぷりとしたゼラチンの腹に、
今しがた喰らった人間の「顔だけ」を作り出した。
どの顔も目は黒く、肌は健康的だ。
だが不気味にも口だけは顎が外れんばかりに大きく開き、
醜悪な匂いを放つ黄色がかった液体を涎の代わりに口内に纏った。
そして、虚ろな声を響かせた。
《クう、クウ、喰ウ、喰ウ》 と。
確かに、人の声、人の言葉を響かせ、ゆっくりと迫った。
前線に躍り出た軍人達は成す術無く撤退しようとするが、
細く伸びる舌先に足を掬われ、ごり、と奥歯に噛み砕かれ絶命していった。
《クう、クウ、喰ウ、喰ウ》
言葉一つ、されど饒舌、流暢。
そう思わせる程、“メデューサ”は「喰う」と繰り返した。
ξ(゚、゚;ξ「こいつら……人の言葉を話すほど……」
- 134 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:26:37.53 ID:wdcgY1sF0
-
「うっ」
ξ(゚、゚;ξ「ッ!」
デレが、奴等が高度な知恵を持つと確信したのは、
とある1体がずいと出てきた後の事であった。
( _L )「あ……逃げ……」
《……………………》
フィレンクトを捕らえた一体。
デレ達の目的を理解して、フィレンクトを見せつけに来た。
そう思わざるを得ないだろう。
彼に呻き声を上げさせてデレ達を誘う挑発行為が、そのように物語っていたからだ。
「う、ご、があご、お、おおお……ごあ、が……」
フィレンクトの生身の部分に触手が触れる。
死なない程度に肉体を解剖するコツを理解しているらしく、
心肺を残し、それ以外の生身の部分を断裂面から引き摺りだしたり、
ちぎったり、撫でたりし、フィレンクトを甚振った。
- 136 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:31:05.58 ID:wdcgY1sF0
-
ξ(゚、゚#ξ「こ、の……!」
デレは激昂し、銃を構えるが、
( #゚ω゚)「おじさんを離せ! クソ野朗!」
一層激しく殺意を揺さぶられたナイトウがいち早く前へ出て、銃口を上げた。
するとフィレンクトを握る一体を守るようにして、一体のゼラチン体が立ちはだかる。
迷う事無く、遠くに聳える核に照準を合わせ、トリガーにかける指に力を込めた。
その瞬間、ナイトウの視界が派手に流転した。
ナイトウは頭を強く打ち付ける。
ナイトウの視界はゆがみ、耳ではきんと高く音が響き、一瞬気を失いかける。
(; ω )「う……あ……」
気の動転でナイトウの怒りは沈まった。
アドレナリンで麻痺していた感覚が戻ったようで、ナイトウは次第に鋭くなる脇腹の鋭い痛みに悶絶した。
恐る恐る手を伸ばす――触手で穿たれたらしいと、震える指先で断面をなぞり悟る。
硬い感触が指先に伝う。僅かに露出したあばら骨である。
恐ろしくなり卒倒しかけたが、急に暖かい物が頭に浴びかかると逆に冷や水を浴びた気分に陥った。
ナイトウは断片的な記憶から何が起こったか思い返す……そうだ、僕は核への攻撃に成功していた。
だけど、敵も同時に、長距離から触手を伸ばして僕の胸を……なぜ、僕は、まだ生きて―――
- 138 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:35:56.94 ID:wdcgY1sF0
-
耳鳴りが収まり、次第に周辺で燃え盛る炎の音がナイトウの耳に入ってくるようになる。
火が何かを燃やす音に混じり、ばしゃばしゃと、水が跳ねるような音も。
ツンの母、デレの叫び声も。
ξ( д ;ξ「――ンッ! ああ! ああああああ…………!」
( ;゚ω゚)「う、うお……!」
ナイトウは痛みを忘れ飛び起き、
( ;゚ω゚)「ううおおおおおおおおおおお……ツン……! ツン!
あああああああああああああああ!!」
近くで跪いていたツンを見て、思わず後ずさりした。
- 140 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:38:18.94 ID:wdcgY1sF0
-
ξ;凵G)ξ「あ……あ、ああ、あああ、うう……」
両腕を肘から無くし、
傷口を手で抑える事もできず、
ただ身と声を振るわせ涙を流し、
勝手に出続ける自分の血を眺めていたツン。
絶望に打ち拉がれるデレは、力なく膝を付く。
ナイトウは、震えた手でそっと彼女を抱き締めた。
(; ゚ω゚)「ああ、あああああ、ああああああああ」
抱き締めるしか出来なかった。
本能のまま、身体が動くままに、抱き締めるしかなかった。
( ;ω;)「う、う、ううおおお……ツン……う、うう、嘘だお、こんなの……!」
ξ;凵G)ξ「ナイ、トウ……」
- 144 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:42:14.93 ID:wdcgY1sF0
-
ξ;ー;)ξ「よかっ……た」
( ;ω;)「何……言ってんだ……バカ……」
ツンが安らかで満足げな笑顔を見せると、
ナイトウはぎゅっと深く、ツンの細身に腕を回した。
この死の間際、ツンは人の為に清らかな行いをして死ねる事が出来る、
愛する幼馴染が生きていて、自分を抱き締めてくれたと、そう思い。
父の為に勇敢に立ち向かってくれた恩返しを、
彼の両親を救えず逃げ出してしまった償いを、ようやくナイトウにしてやれたのだ、と。
ツン自身も、ナイトウも、父と母も、皆殺されると分かっていても、
そう思いたく、そう信じたく、ナイトウを庇ったのだった。
( ω )「……ツン……」
ξ ー )ξ「…………」
気絶し、しかし未だ安からな表情を浮かべたままの彼女の顔を眺め、
ナイトウはここで共に死ぬ覚悟を決めた。
- 147 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:46:37.70 ID:wdcgY1sF0
- 獲物に動きがない。
そう見るやゼラチン体はフィレンクトを再び3人の前に晒した。
獲物が逃げぬよう餌を釣ろうとしているようだが……しかしもはや、
自分の無力さに絶望したナイトウには、立ち上がる気力すら沸かなかった。
( ω )「……終わりだ……」
――無理だ。あの、フィレンクトさんですら、死に瀕しているじゃないか。
こいつらの恐るべき力の前には、もう絶望しか感じられない。
僕らが無謀な戦いを挑んでいる最中、
もしかしたらフィレンクトさんは逃げろ、戻れと、叫んでいたかもしれないな…………
「……終わりじゃない、終わらせないわ」
力強い調子でナイトウに反す、白衣の女。
デレは、諸手に持つダウンサイズされたBlueMachingunをカチャと鳴らした。
- 148 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:48:43.36 ID:wdcgY1sF0
-
今更そんなもので、何を…………
ナイトウは顔を上げずに、しかし率直に諭すような口調で言った。
( ω )「もう、終わりだお、おばさん。
僕達全員こいつらに食われて死ぬんだって、本当は分かってるんだお?」
ξ( 、 ;ξ「……ホライゾン君。
あの車に乗って逃げなさい。エンジンは動いているわ」
銃で視線を促す。
後方、歩道に乗り出した一台の装甲車が静かに唸りを上げている。
走れば数秒、腹に穴を開けたナイトウがツンをかついで移動しても、
所要時間はおおよそ30秒程度の距離だろう。
……その30秒を得るのが、いかに難しいか、分からないのだ。
デレは諦めが尽かないようだ。と、ナイトウは苛立つ。
( ω )「バカな。乗れっこない。こいつらが見逃すはずないお」
ξ( 、 ;ξ「私が行く。囮になるから。その内に、逃げて」
ナイトウははっとした。囮という、言葉に。
- 149 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:52:00.97 ID:wdcgY1sF0
-
(; ω )「……お、」
(; ω )「……おばさんなんて一瞬で溶かされて死ぬ。囮にすらならない。
もう、いいじゃないかお……この場で皆、殺され――」
ξ(゚、゚#ξ「いいから逃げなさい! 早く!」
(; ゚ω゚)「う、で、でも……ぼ、僕は……」
まさか僕に、その役目を頼むなんて。
ナイトウはツンを抱き抱えながら、恐怖に震えた。
僕は、ツンに、僕を救ってくれたツンに、あんなことをしてしまったのに。
ξ(゚ー゚ξ「……ツンを、お願いね?」
(;゚ω゚)「デレ、さん…………」
嫌だ、やめて、やめてくれ――――そう思っても、
デレの顔を見ればそんな愚かしい言葉、死んでも口に出来なかった。
- 150 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:54:52.75 ID:wdcgY1sF0
-
ξ(゚ー゚;ξ「さ……て。敵さん、我慢できなくなったみたいね。
変異を始めたわ……さあ、早く行って」
(; ω )「……う、うう……」
ξ(゚−゚#ξ「――――――走れ!
あの人達の息子なら、誰か一人くらい救ってみせろ!」
(; ω )「あっ」
(; ω )「ううう、ああああああああああああああああああああ!」
- 152 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:56:52.33 ID:wdcgY1sF0
-
( ;ω;)「あああああああああああああああ―――――!!」
檄を飛ばされ、ようやく迷いを捨て、
ナイトウは激痛に耐えながらツンを抱え、走った。
足を踏み出す度に、横っ腹に開いた穴から血が跳ねる。
しかしこんな痛みも出血量もツンの重傷に比べれば些細なものだ。
最後の最後まで楽に死のうと考えていた、自分の愚かさを正してくれたデレの事を思えば、
ナイトウはいくらでも痛みに耐え、走れた。
ξ(゚ー゚;ξ「昔っから、あの子って面倒くさい。
世話焼けるっていうか……まぁ、素直で良い子なんだけどさ」
車へと走り出したナイトウを見届け、振り返る。
3人を啄ばみたく、醜悪な異形へと姿を変えた化け物どもが、高速で迫っていた。
現実離れした光景を目前で眺めるデレは、膝の笑いを抑えられなかった。
ナイトウを叱咤した時は悟られぬよう気を張っていたが、
余りにも巨大な軍勢に改めて対峙すると、恐怖がぶり返した。
乱れた呼吸、冷たい汗、うるさい鼓動。
手は震え、口の中は嫌に乾いた。
- 153 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 21:59:03.46 ID:wdcgY1sF0
- ――――しかし、途方もない程呆気なく、味気もなく、
一瞬でデレの肉体の半分が原型を失った。
ξ( 、;ξ「あああああああああああああああああああああ!!」
右手、マシンガンを持つ腕は、鋭い鉤爪で指先から肩にかけて縦に裂かれる。
左手、拳銃を持つ腕は無事トリガーを引かせたが、その直前、
巨大な口に下半身を噛み付かれたので体勢は崩れ、弾丸は、虚空を斬った。
ξ( − ξ「あ……う……」
戦闘とは呼べぬ蹂躙が終わった。
されど、無力ながら勇敢なるこの生体に興味を示したか、
知能と知覚を持つ“メデューサ”はトランスフォームを解き、彼女を取り囲んで見つめた。
その中の一匹が触手で彼女を掴み上げる。
共に半身を失い、顔中を血で染め上げた夫婦が対面した。
( _L )「……デ、レ」
ξ( 、 ξ「フィレンクト……」
- 154 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:02:46.81 ID:wdcgY1sF0
-
「すまな、かった」
「いいえ、いいのよ……あの子達はこの場から逃げ出せた。
きっとホライゾンなら生きて『セントラル』に帰還できるわ」
「そう、だな。あいつ、なら、きっと」
「ええ。ツンと、ホライゾンが、きっと、人々の、希望に……」
「……デレ……私の、胸を撃て。まだ、生きている、電力機関を、破壊するんだ。
こいつらを、爆発で、やれるかも、しれん」
「け、研究データは、送信済み、だ。
ニュージャージーに、残した、バック、アップも、起動、する。
いずれ、あの子達の、役に、立つ。も、もう、思い残す……事は……」
「フィレンクト、フィレンクト……しっかり……」
「デ、レ……デ……レ……君を………………………」
「愛し…………て………………………」
- 155 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:04:22.47 ID:wdcgY1sF0
-
「フィレン、クト…………………」
「……ええ、愛して……いる…………わ…………」
デレはBlueBulletGunの引き金を引いた。
弾丸はエネルギーの拡散を防ぐチャンバーを撃ち抜き、
行き場を無くしたエネルギーが爆発的に広がった。
エネルギーは一帯にドーム形状を描きながら拡大し、
リバーサイド遊歩道と近辺の街並みを消し飛ばした――――――
- 159 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:11:37.40 ID:wdcgY1sF0
- 白い光は、ナイトウの運転する車のディスプレイにも映った。
デレが何らかの手段で起こした決死の爆発であっただろうと理解するのは、容易だった。
ふと、白光の中で、2,3の大きな影が過ぎるのを見た。
まさかと思い、ナイトウは車を一時停止してドアから身を乗り出す。
影は眩い光から抜け暗闇に紛れ込むと、尾で光る「赤」を煌かせた。
――――奴等は、まだ生きている。
( ;ω;)「うううおおああああああああああああああああ!!」
叫び、ハンドルを思い切り殴りつけ、顔を腕の中に沈めた。
静かな車内に、ナイトウの嗚咽が混じる。
爆発が収まると、それまで車内に流れていたツンのかすかな吐息の音に気づいた。
ここで、絶望に暮れている場合ではない。
ツンを、救わねばならない。
顔を上げ、暗闇を切り進む。
フロントガラスには、怒りに歪む、恐ろしい表情が映っていた。
( ω )「殺してやる……奴等を! 何年かかってもいい……!
必ずだ! この手で必ず、殺してやる……!」
- 161 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:15:31.50 ID:wdcgY1sF0
- 強い怒りと憎しみに支えられ、ナイトウは『セントラル』へ帰還した。
満身創痍だったナイトウは車を降りようとした時に崩れ落ちる。
すぐさまタンカに乗せられた。
気を失うその瞬間まで、憎き敵の姿を克明に脳裏に描いていた。
※
無機質で飾り気のない病室。
両親が死んだ事を聞かされたツン・ディレイクは、
魘されるナイトウにすら気を留めず、絶望に暮れた。
止め処なく涙は溢れたが、それを拭う手は無い。
絶望と悲愴は次第に怒りと憎しみに変わり、
ツンは声が枯れるまで感情を声に出し、言葉にならぬ獣のような叫びを響かせ続けた。
2人揃って意識を取り戻した後も、2人は言葉を交さず、
虚ろにぶつぶつと、時に激しく叫び、筆舌し難い罵りの言葉を吐き出し続けた。
それに気づいた看護員は、鎮静剤の投与を繰り返すようになった。
薬物の投与を終えたのは3日後。
2人が言葉を交わしたのも同日。
病室を出たのは、それから更に一週間が経過した後の事であった。
- 165 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:20:45.67 ID:wdcgY1sF0
- 2人が眠っている間に爆破作戦に関する報道は――勿論、戦死者の情報も――されていた。
中でもフィレンクトは『セントラル』建造の最大の功労者であるが故、
市民の殆どが彼の死を悔やみ、惜しみ、彼を英雄と称えるようになる。
特に彼の死を嘆いたのは、荒巻スカルチノフであった。
それが本心であったか演技だったかどうかは定かではないが、
ともかく弱りきった市民の同情を得るにあたり、彼の死が最大の材料であったのは事実だ。
加え、パンデミック発生後のニューヨークにおいては、
空軍大佐という肩書きを持つ荒巻が地位としては最高であったし、
迷える人々からすれば、自ら先導に立つ彼以外に寄りどころは見つからなかったのだ。、
実際、荒巻には人々を惹きつけるカリスマ性もあった。
ジョージ・ワシントン・ブリッジ爆破作戦の成功を聞き、
市民は彼に対する信頼を更に高めたのだった。
こういった事情の下、荒巻は『セントラル』の治世に関して大きな発言力を得た。
発足予定であったセントラル議会の最高位に上り詰めるのは、至極簡単であった。
当然、ツン・ディレイクは実父を利用された事に憤りを感じ、議会に意義を申し立てる。
だが父とは違い、何ら実績を持たぬ小娘などに誰もが耳を貸さず、
「話をしたくば父のように何か成果を見せろ」と切り捨てられたのだった。
ツン・ディレイクが研究に没頭したのは、それからである。
- 166 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:24:28.72 ID:wdcgY1sF0
- ホライゾン・ナイトウがシステム・ディレイクへの転換手術を受けたのは、
ジョージ・ワシントン・ブリッジ爆破作戦から5ヶ月後である。
ツンが専用の研究施設を得るまでの過程で特に時間を要した。
ディレイクという親の名だけでは認められず、
相応の成果を上げなければ、研究施設の建造に関する文書は一つも目を通してくれなかったのだ。
とはいえ、荒巻スカルチノフや他の軍人らはシステム・ディレイクの実力を認めていたし、
ツンには直接述べはしなかったが、期待もしていた。
加えて、フィレンクトが死に際に送信した戦闘記録を始めとするデータが、
ツンが研究施設と資材を獲得する為の助力となったのだ。
しばらくの間、セカンドに関する情報はツンが独占し、他の研究者に大きなリードをつけた。
しかも、温情深いモナー・ヴァンヘイレンの手配により、
生前フィレンクトが使っていた機材だけは保護されていた為、
ツンとナイトウの対セカンド兵器開発は他の追随を許さぬ速度で進行したのであった。
(なお、フィレンクトのラボは、議会に一時的な会議場として占領され、
跡形もなくリフォームもされている)
ツンは、セカンドという存在を父のデータから調べ上げた後、
システム・ディレイク及びブルーエネルギー兵器の有効性を見直し、
更に改良を加えより実戦的に洗練したシミュレート結果を議会に発表。
これが認められ、「チーム・ディレイク」の創立に至る。
- 170 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:28:51.30 ID:wdcgY1sF0
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※ LOG 「2054年8月11日 エントランス跡地にて」
2054年、8月11日。
身を凍らせた風はとうに乾いた熱風へと姿を変え。
青空だけが爽快で、日が大地を焼き尽くすような、熱い夏の午前10時のこと。
15の誕生日を迎えたホライゾン・ナイトウは煩わしい法をクリアし、
「地上」への外出許可を、一時間前に得る事が出来た。
既にサイボーグ転換手術を完了していたナイトウは外に出たくてたまらなかったし、
ツンに日を浴びせたく地上へ連れて出たのだ。
しかしツンは14才であったので、結果的に2人とも処罰を受ける事になったのだが。
けれども、共に地上へ出たいという気持ちは、ツンも一緒だった。
地下エンタメ『セントラルパーク』へ大衆を誘う役割を持っていたエントランス、
その跡地に2人はいた。
ここは見通しが良い唯一の場所で、太陽を浴びるには絶好のスポットであった。
久方に見る太陽は、機械の目を持つナイトウですら、あまりにも眩しく思えた。
( ^ω^)「この日が待ち遠しかったお」
ナイトウは装甲で縁取られた顎を動かし、、
ツンの喉から出掛かっていた言葉を先に言った。
- 171 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:32:10.42 ID:wdcgY1sF0
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ξ゚听)ξ「まったくよね。保守的な議会の連中を説き伏せるのに苦労するわ、
アンタが15にならんと外に出れないとか、
たった8ヶ月が実に長い道のりに思えたわ……アンタは何もしてないけどね」
飽きれかえった手振りをして返すツン。
失われたはずの彼女の両腕だが、どちらも義手だ。
システム・ディレイクの神経系統の研究とテストも兼ね、自ら作り出したのだ。
精巧に作られた皮膚で覆われ、とても機械仕掛けの義手とは誰も思わないだろう。
ナイトウが眉をひそめ、いじらしく言う。
( ^ω^)「何を言う。僕はフィレンクトさんとデレさんの言いつけ通り、
よくメシを食って遊んですくすく育ってったお」
ξ#゚听)ξ「だ、か、ら! そこに勉強が入ってないじゃないのよ!」
( ^ω^)「だって、データを脳みそにぶち込めば知識を得れると知ったら、
そりゃ誰でも勉強なんてしないお。何で皆サイボーグにならないんだお?」
ξ;゚听)ξ「……あのねえ、誰かが学ばなきゃ新しい事は生み出せないでしょうが。
皆がサイボーグになったとしても、アンタみたいな考えしてる人ばっかだったらね、
ずーっと『セントラル』は停滞したままになっちゃうわよ」
(;^ω^)「おお、なるほど……確かにそうだお」
- 174 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:34:31.23 ID:wdcgY1sF0
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( ^ω^)「帰ったらちっとは勉強の一つでもやるかおね……」
ξ゚听)ξ「……ちゃんと帰ってきなさいよね」
( ^ω^)「絶対に帰ってくるお。奴等を殺すまで、死ねないお」
ξ゚听)ξ「当たり前よ、バカ。あいつらより先に死んでたまるもんですか」
「バカ……絶対帰ってきなさいよ、このバカ」
「なんだおバカバカって。帰ってくるって言ってるじゃねーかお」
「うるさいわね! 早く行って来いバーカ!」
「な、なんなんだお、初陣だってのに……って、あれ?」
「ツン、なんか、涙ぐんでるお?」
「ななななっ! ないてなんかないわよ! いいいから行け! 行って来い!」
- 176 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:35:48.40 ID:wdcgY1sF0
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「……体温上昇、心拍数上昇。ふーむ、涙腺に変化があるお。
さてはツン、僕の事が心配で心配でふぐおおああああああ」
「うるさいうるさいうるさい! っつーか機能をンな事に使うなバーカ!
もう……あーあ、せっかくの門出が台無し」
「悪かった、悪かったお……じゃ、そろそろ行くかお……」
「行ってらっしゃい、幸運を祈るわ、ブーン」
「ブーン?」
「お父さんのバージョンA09X-D0からシステムの基本設計をアップデートさせまくって、
んで今の完成系のバージョン名が、B00N-D1でしょ?
ちなみにミッション中のコードネームでもあるわ。
ほら、ビーゼロゼロエヌで、ブーンって読めるじゃん。だから、ブーン」
「ふふ、いいでしょ? ミッション中はブーンって呼ぶわ。
一々ビーゼロゼロなんて、呼びづらいし」
「ええー……何か間抜けじゃないかお、ブーンって」
「間抜けでバカでデリカシーのないアンタにお似合いと思うわ、ブーンって。
ふふ、ブーン、ブーン。ふふふ、ブーンのバーカ!」
- 178 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:38:32.14 ID:wdcgY1sF0
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「ああもう、うっせーお……うーん、ブーンかお……ブーン……」
「なんだかんだ、結構気に入ってそうじゃない」
「まあ、なんか、親しみやすい感じはするお。
ツンに言われると、違和感あるけど」
「あら、そう? じゃあ、プライベートではナイトウって呼ぶから」
「そうしてくれお」
( ^ω^)「それじゃ、ツン」
ξ゚ー゚)ξ「ん!」
( ^ω^)「B00N-D1、マンハッタン・ミッドタウン調査を開始するお!」
第35話「LOG 2054年8月11日 エントランス跡地にて」終
- 181 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:41:12.62 ID:wdcgY1sF0
- 終わりです
次は未定ですが最低でも月1ペースで今年はやりたいです。いややります
ということでお付き合いありがとうございました。お疲れ様でした
- 180 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/09(月) 22:40:23.51 ID:iuEWh2QaO
- 乙
ようやく過去編終わりかな?
正直な所、過去より先の話を早く見たいぜ
- 184 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:45:31.56 ID:wdcgY1sF0
- >>180
次回は先の話になります
今後ストーリーを進める上でこういう風に長々と過去話やる必要は無いので、
その辺は大丈夫(?)なんじゃないですかね!
- 186 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/01/09(月) 22:47:12.13 ID:a5zCv3fE0
- 乙!
無理しないで、自分のペースで頑張ってくれ
次の投下を楽しみにまってるよー!
- 188 名前: ◆jVEgVW6U6s :2012/01/09(月) 22:50:10.57 ID:wdcgY1sF0
- >>186
アリガトーイ!
でもまあ、上でもありましたがクオリティも投下間隔もいい加減どうにかせんと、
とは思ってますんで、心機一転頑張ります