- 3 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 18:52:20.71 ID:a1+HTfTcO
- 1話
血液
- 4 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 18:53:35.64 ID:a1+HTfTcO
- 老練な刀鍛冶は脚立に登り、赤々とした液が煮えたぎる大釜にまだ粗い刀の刃を浸した。
煉瓦造りの工房には喩え様のない異臭が立ち込めている。
だがその臭いでさえ今ではブーンにとって心地良いものだった。
/ ,' 3「ブーン、血液は何から成るか知っているか?」
いつもの様に刀鍛冶は問う。
- 5 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 18:54:53.03 ID:a1+HTfTcO
- ( ^ω^)「血球成分と血漿成分から成ってるお。
血球成分は赤血球、白血球、血小板で構成されるお。
血漿成分は水分、血漿蛋白質、そのほか微量の脂肪、糖、無機塩類で構成されてるお」
そしていつもの様にブーンは答えた。
( ^ω^)「なんで荒巻はいつも同じ事を聞くんだお?ボケかおw」
ボケで無い事などブーンは知っていた。この老人は自分よりも遥かに切れ者なことは分かっている。
だからこそ、なぜいつも同じ事を聞くのかという素朴な疑問を解決したくなったのだ。
- 6 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 18:56:48.51 ID:a1+HTfTcO
- / ,' 3「大切な事だからだよ…私の様な刀鍛冶にとってはね」
それだけ言うと荒巻は液に浸していた刀を持って脚立から降りて来た。
/ ,' 3「ブーンなら私の後を継げると思うんだが、どうかね?」
( ^ω^)「何とも言えないお」
まだ16歳の子供だ。まだ自分の将来に関する事を決めるにはまだ幼過ぎると、ブーンは荒巻の誘いを躊躇する。
/ ,' 3「そうか、残念だ」
それだけ言って荒巻は作業を続けた。
先程の言葉に気持ちが入っていないことをブーンは知っている。
だからこそ気を楽にして毎日この工房に来れるのだ。
- 7 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 18:57:50.65 ID:a1+HTfTcO
- 荒巻は火の燃え盛る炉に刃をかざし、布切れで額に浮かぶ汗を拭った。
/ ,' 3「折れず、曲がらず、良く斬れるが刀の三大要素だ」
( ^ω^)「…」
しばし沈黙した後、荒巻は熱せられて赤橙になった刃を鎚で打ち出す。
/ ,' 3「良い鉄だ」
( ^ω^)「…」
ブーンは黙って荒巻を見ていた。
/ ,' 3「やはり血液からは良い鉄が採れる」
荒巻は満足気に刃を見詰めると冷水の張った小さな浴槽に刀を沈める。
すると工房内には蒸気が立ち込めた。
- 8 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 18:59:06.33 ID:a1+HTfTcO
- / ,' 3「もう少ししたら仕上げに取り掛かるが見ていくか?」
熱が冷めるまでの時間、何をするでも無く二人は珈琲を啜る。
( ^ω^)「いや、もう外も暗いし帰るお」
外はもう暗い。夕陽は沈み、星が輝き始めている。
/ ,' 3「気を付けて帰るんだぞ」
荒巻はいつも帰り際になると注意を促す。ある種の親心なのだろう。
この二人の間には親子にも似た特殊な関係が出来上がっていた。
( ^ω^)「それじゃあ…」
珈琲を飲み干し、ブーンは席を立つ。
今のブーンにとって何よりも、このゆったり流れる時間が掛け替えの無いものだった。
( ^ω^)「荒巻、明日もまた来るお」
/ ,' 3「あぁ」
その夜、空一面に星が輝いた。
―――
――
―
- 11 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:04:31.77 ID:a1+HTfTcO
- 翌日、ブーンは登校するなりお決まりの台詞で罵られた。
( ,'3 )「気持ち悪りぃ…
なんで来るんだよ、お前の顔を見るだけで反吐が出るんだけど」
( ^ω^)「…」
気持ち悪い。
その言葉を何度聞かされただろう。それでもブーンは何も言わず頭を垂れて聞き流していた。
ブーンは皆に虐げられている。日頃からブーンは理由無き罵倒を浴びていたのだ。
無論、学校に居場所など無かった。
壁の所々に入る傷を眺めては自分自身の心に投影し、感傷に浸る。そんな学校生活をブーンは送っていた。
( ,'3 )「明日はその面見せるんじゃねぇぞ」
放課後、居心地の悪さから開放されたブーンは足取り軽く校舎を出る。
だが周囲の眼は実に厳しく、ブーンのことを逃げ帰る負け犬としてしか認識していなかった。
―――
――
―
- 12 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:05:46.52 ID:a1+HTfTcO
- ( ^ω^)「荒まk…」
ブーンは荒巻を呼び掛けて口を塞いだ。
木製の扉がほんの少し開き、そこから荒巻と何者かが言い争っている声が聞こえたからだ。
/ ,' 3「私が戻ることはない。帰れ」
(’e’)「上からの命令なもんでな、只で帰る訳にはいかないんだよ」
/ ,' 3「なんと言おうと私は戻らない。戻るくらいなら死を選ぶ」
(’e’)「かつての『血潮の錬金術師』も堕ちたものだな」
/ ,' 3「その名は捨てたよ。今ではしがない刀鍛冶に過ぎない」
(’e’)「よく言うよ。その大釜で煮ている物は血液だろ?臭いで分かる。
血液に含まれる鉄分を用いて鍛冶をするなんて実にあんたらしいよ」
- 13 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:07:08.14 ID:a1+HTfTcO
- ( ^ω^)「…」
扉の隙間から工房を覗くブーンは、軍服を着た男と荒巻が言い争っている様子に不安を掻き立てられていた。
会話の詳細は理解出来ないが、荒巻がどこかに行ってしまうかもしれないという事は理解出来たからだ。
( ^ω^)「荒巻…」
―――
――
―
- 14 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:08:23.12 ID:a1+HTfTcO
- そんなブーンを、建ち並ぶ家屋の陰から見ている者がいた。
( ,'3 )(あいつ何やってんだ?)
偶然この通りを歩いていた中嶋である。
彼の眼に映ったものは、自分にとっての嫌悪の対象が不審な行動をとっている姿だった。
( ,'3 )(…)
中嶋は許せなかった。ブーンが、自分に苛められているという世界以外に何か別の世界を持つという事を。
ならばその世界を奪い、握り潰してしまおうと圧倒的な悪意を持って中嶋はブーンを見ていたのだった。
ここまで憎む理由など特には無い。あえて言うなら何となく。
それ以上でも以下でもない。たったそれだけの事だった。
―――
――
―
- 15 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:10:35.77 ID:a1+HTfTcO
- (’e’)「あんたは『肉体』と『魂』について知り過ぎた。
もう引き返すことは出来ない」
/ ,' 3「ふん、だとしてもだ」
(’e’)「ちっ」
一発の銃声が響く。
もちろんその音は扉の外から見ていたブーンの耳にも入った。
目の前に広がる現実に足の震えが止まらない。
(;^ω^)「あ、荒巻…」
- 16 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:11:31.23 ID:a1+HTfTcO
- (’e’)「上からは戻らない様なら始末しろと言われた。
どうだ、もう一発くらいたいか?」
/ ;' 3「勘弁願いたいな。だが断る」
再び銃声が響く。
(’e’)「両足を撃ち抜かれた気分はどうだ?」
/ ;' 3「いいものではないな」
男は工房に身動きの取れない荒巻を残して、薄い扉を一枚挟んだ奥の部屋へと進んで行った。
―――
――
―
- 17 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:17:28.55 ID:a1+HTfTcO
- / ;' 3「ブーン…」
(;^ω^)「お…」
床に伏せている荒巻がかすれる様な小声で自分を呼んだ事に、ブーンはひどく驚いた。
こんな事態に陥っているにも関わらず、荒巻はほんの数センチ開いただけの扉にまで神経を巡らせていたからだ。
/ ;' 3「ブーン、こっちに来なさい」
工房に入れと誘う荒巻の顔は、何かを切に願っている様だった。
その様子を見て意を決し、ブーンは体一つ分扉を開けて荒巻に近付いた。
- 18 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:18:29.95 ID:a1+HTfTcO
- (;^ω^)「荒巻、大丈夫かお?」
奥の男に気付かれない様に出来るだけ、だが伝わる声量でブーンは荒巻に問う。
/ ;' 3「正直きついな。昔なら何とかなったかもしれないが」
荒巻もまた小声で答えた。
/ ;' 3「ブーン、私の後を継いでくれないか?」
いつもと同じ場所で、いつもと同じ事を。だがいつもと違う様に荒巻は誘う。
誘うというよりも懇願に似たそれは、ブーンの心をひどく揺さぶった。
死に際だからこそ出たのだろう願いは、常々思っていた本音だとブーンは捕らえたからだ。
- 19 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:19:26.94 ID:a1+HTfTcO
- ( ^ω^)「わかったお…だから荒巻、死なないでくれお」
/ ,' 3「約束するよ」
荒巻は首を縦に振り、ブーンの眼を見つめた。
/ ,' 3「苦しいかもしれないがあの大釜に入ってくれないか」
意味の分からない事を言う荒巻にブーンはたじろぐ。
(;^ω^)「お?」
/ ;' 3「早く!セントに気付かれない内に!」
明らかに躊躇するブーンを見て叱咤する荒巻はどこか別人の様であった。
- 20 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:21:11.85 ID:a1+HTfTcO
- 一度した約束は守れと言わんばかりの荒巻の様子に思わずブーンの足は進み、脚立を登っていた。
(;^ω^)「沸騰してるお…」
/ ;' 3「早く!」
「誰か居るのか!?」
荒巻の大声に反応し、工房に駆け戻るセントの足音はブーンの覚悟を触発させた。
(;^ω^)「どうにでもなるお!」
煮えたぎる血液にブーンは体を沈めたのだった。
(;゜ω゜)「ああぁぁあぁぁあぁぁぁ!」
工房内にはブーンの絶叫がこだました。
- 21 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:22:28.70 ID:a1+HTfTcO
- (;’e’)「荒巻、あんた何をした!?」
片手には数枚の紙を持ち、もう片方の手で銃を向け、セントは荒巻を問いただす。
/ ;' 3「後継ぎだ」
返って来た答えにセントは耳を疑った。
(;’e’)「くそがっ!後釜に擦り付けるとはな!」
焦りに駆られ、二発、三発とセントは引き金を引く。
先程荒巻を完全に始末しておけばと自分を呪った。
荒巻が動かなくなったのを確認するとセントは脚立に登り、釜を見下ろして引き金を弾がありったけ引くのだった。
- 22 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 19:23:56.33 ID:a1+HTfTcO
- (’e’)「ったく…」
脚立から飛び降り足早にこの場から立ち去ろうとするセント。
だがそれに待ったをかける者が現れた。
「ああぁぁあぁぁあぁぁぁおぉぉおぉ」
背が大きく腫れ上がり、赤く染まった衣服から覗く体の一部は血管が浮き出て荒々しく脈を打っている。
腕であろう部位は妖しく光り、刀の様に鋭く伸びる。
そんな異形の者が赤く血走った眼でセントを睨み付けていた。
(;’e’)「後継ぎね…」
次の瞬間セントが見た物は、上半身と切り離された自分の下半身だった。
―――
――
―
- 33 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:23:34.96 ID:a1+HTfTcO
- (;,'3 )「…」
中嶋は扉の前で怯えていた。ブーンが入っていった後、幾度も聞こえて来る銃声に。
いくら戦時中だといってもいざ目の前でそれを聞いたとなれば恐怖せずにはいられなくなる。
だがそれでも中嶋がこの場所を立ち去らないのは好奇のためだった。
「ああぁぁあぁぁあぁぁぁおぉぉおぉ」
何度も鳴っていた銃声が止んだと思ったすぐそばから叫び声があがると、中嶋の好奇はいよいよ頂点に達した。
扉の前に立ち尽くし、あと一歩が踏み出せない中嶋を動かしたのは、
「ぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁ」
という何かを求める様な叫びだった。
- 34 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:29:28.53 ID:a1+HTfTcO
- 扉を開けてまず眼についた、赤い異形の者が不自由そうに体を引きずっている姿と、鼻を突く異臭に中嶋は吐き気を催した。
「ああぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁ」
一度、咆哮する異形の者から眼を背け、中嶋は床に転がる桃色の物に視線を合わせた。
それが内臓のはみ出た胴体の一部だと気付くと意識が急激に冷めていくのを感じる。
それでも今の自分が置かれている状況を把握しようと辺りを軽く見回した。
- 35 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:32:11.29 ID:a1+HTfTcO
- 所々に赤い液体が飛び散った工房には、数枚の何かが記された紙と工具、さらに引き千切られた藍の軍服が散らばっている。
そして、この状況にも関わらず何事も無く灯っている炉に中嶋は違和感を覚えた。
「ああぁぁあぁあぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁ」
中嶋に向かって歩いてくる異形の者は眼を血走らせ、何かを渇望している様だった。
退きもせずそれに見入っている中嶋は、それが何者なのか理解した時には既に腹を鋭い腕で貫かれていた。
- 36 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:33:39.44 ID:a1+HTfTcO
- (;,゚3 )「ブー…ン…」
異形の者の正体はブーンだった。
眼の奥に宿る何かはつい先程まで嫌悪の対象だった者のそれと同じだと中嶋は察していた。
( ゜ω゜)「ああぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあぁぁぁ」
腕を引き抜き、中嶋の腹から噴き出す血飛沫を全身に浴びてようやくブーンは落ち着きを取り戻す。
( ゜ω゜)「はぁはぁはぁはぁはぁ、はぁはぁ、はぁはぁはぁはぁはぁ」
それでもまだ息は荒く、呼吸は乱れていた。
- 37 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:34:51.50 ID:a1+HTfTcO
- / ,' 3「ブ……ン…」
背中の腫れが徐々に引いていき、体の大きさが一回り小さくなるブーンを見て、荒巻は最期の力を振り絞る様に小さな声をあげる。
/ ,' 3「すまない、ブーン……
お前の体をそんなにしてしまって」
懺悔だった。
( ;ω;)「体が熱いお…痛いお」
/ ,' 3「本当にすまない事をした…
直に熱は冷めるし痛みも引く筈だ…だが…」
( ;ω;)「お?」
/ ,' 3「このままでは近い内に『肉体』は崩壊する…」
- 38 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:35:49.14 ID:a1+HTfTcO
- ( ;ω;)「良く分からないけど僕の事ならきっと大丈夫だお…
それより荒巻が…」
/ ,' 3「何、気にするな。元々寿命みたいなものだ…
ブーン、ラウンジの軍事基地に行け。そうすればお前の『肉体』の崩壊は抑えられる筈だ…」
荒巻は今後ブーンに起こるで有ろう事をほぼ予知していた。
だが詳しい事を伝えるには残された時間はあまりにも少なかった。
- 39 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:37:05.14 ID:a1+HTfTcO
- / ,' 3「基地に着いたら『高岡』という男に会え…
奴なら何とかしてくれる」
( ;ω;)「分かったお…」
/ ,' 3「ブーン、今までありがとうな……まるで息子の様だったよ…」
( ;ω;)「僕の方こそ…ありがとうだお……」
/ ,' 3「時間が無い。早く行け、私の……」
( ;ω;)「…」
/ ,- 3「後継ぎよ…」
- 40 : ◆ZGuRy.Pfdg :2007/02/16(金) 20:37:48.25 ID:a1+HTfTcO
- 1話
血液
完
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